もし出したい声のジャンルやスタイルがあるなら、まずは、その出したい声を出そうとせず、
一番自分が生きる形、つまり体が鳴る形をまず作ること。
そうすると、多くの場合、自分の出したいスタイルの声が最初は出ません。
本当は激しく、あるいはウィスパーに歌いたいのに、自分が生きる形を作ると、裏声で声楽っぽくなることもある。
その声がいいと褒められても、うれしくない。
だからといって、「そんな声は嫌だ」と、そこでスタイルを崩すことによって、出したい声を出せばどうなるでしょう。
発声がそこそこ良ければ壊れはしない。
でも、鳴りきらない。自分のスタイルでないから、物足りないし、伝わらない。
出したい声のために、自分が生きなくなってしまうのです。
ロックっぽく、声楽っぽく、ジャズっぽい声を出して、自分を見失ってしまう。
まず「体が鳴る形」を守る
そうではないのです。
最初はその気に入らない声でも、
自分の体が一番生きる、楽器としての形を守る。
守ったまま、出したい声が出せるように練習しているうちに、声帯や横隔膜が、無意識の反応として自然に動き出す。
……それを我慢して待てるか。
「出したい声」を先に作るのではなく、
「体が生きる形」を守ったまま、出したい声へ近づいていく。
そうすれば、自分を生かし切った鳴る体と、好きなジャンルの好きなスタイルの声も、徐々に出せるようになる。
しかも、それはあなたの体を使い切った、
あなたにしか出せない声。
その声が生まれる瞬間を待つ
結果の声を急ぐのではなく、自分だけのスタイルを我慢して守っていると、場合によっては、その日のうちに。
いや、たった一回歌っているうちに、
「自分だけの声」+「出したい声」
が合わさったものが生まれることもあるのです。
時間がかかっても、体が本当に生きる形を守って練習していれば、やがて、ある瞬間に、それまで出せなかった声が自然に現れてきます。
そして、その反応が動き出すのを待てるか。
難しいのは生きる形を作ること。
つまり、自分の体を自分だけの楽器に作り上げ、それを守ったまま息を吐く方法を見つけ、その息で声が鳴るところを見つけることです。
しかし、それこそが本当の「練習」です。
この、練習が実を結ぶ瞬間の喜びを、ぜひ経験してほしいのです。
ジャンルより先に、自分の体を生かす
声楽でも、ロックでも、演歌でも、ミュージカルでも。
どんなジャンルであっても、自分の体を一番生かせる形を探すことは、決してジャンルを無視することではありません。
むしろ、
自分の体が生きているからこそ、そのジャンルの表現も自分のものになる。
「ロックっぽく」「演歌っぽく」「声楽っぽく」と、ジャンルの特徴を先に身体へ押し込むのではなく、まず自分の体を楽器として生かす。
その上で、好きな音楽、好きな声、好きな表現へと近づいていけばいい。
決してジャンルの奴隷になってはいけないのです。
ジャンルの前にあるものを忘れないこと。
それがどんなジャンルであれ、歌であり、
その前に声であり、
声の前に自分らしい表現があるはずということ。
結果を焦ると、それ以前のものを失いかねません。
私が今、レッスンで一番大切にしたいのは、
何をどう動かすかではなく、どうすれば体が自然に、自由に動き出すのか。
そこが、自分らしく、相手にも、自分の心にも伝わる声と表現のスタートラインだと思っています。
