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滑らかに歌い話すための「歌語化・表現語化」「舌根の上げ下げ」「強い息の作り方」について【30秒動画付き】

言葉の歌語化と舌根の上げ下げについて写真 ボイトレ動画

ボイストレーナーの浜渦です。今日はこれまでなかなか教えられることのなかった「歌詞の歌語化・表現語化」「舌根の上げ下げ(下げるだけではない!)」について解説します(動画付き)。特に日本語(標準語)の歌を美しく歌うため、また滑らかに自然に歌うためには必須項目です。感情として意味のあるクレッシェンド(だんだん大きく)やディミヌエンド(次第に弱く)の作り方にもつながりますよ。それではどうぞ!

歌詞を書いてあるまま発音してはいけない!?

さっそくですが

実は日本語であれ、英語であれ、ドイツ語であれ、歌うときに、書いてある文字をそのまま発音してはいけません。

いままでそのまま読んでいた方は「ええ!?」と思われるかもしれませんね。

それがたとえ、一文字一文字の発音としては正しいものとされていてもです。むしろ正しければ正しいほどおかしくなってしまう事もあります。特にカタカナ・ひらがなを1文字ずつ感じてに読むとあっという間にダメになりかねません。さて、一体どういうことでしょうか。

すべて「歌語化」「表現語化」して歌わねばならないのです。歌語とは私の造語ですが、表現と正解が歩み寄ったもの、融合した発音と考えてみてください。(歌い手の中には、自動的に、知らず知らずのうちにこれができている人もいますが、多くの日本人は、文字や楽譜を見ると、途端にできなくなってしまいます。)

そして日本語のとりわけ標準語で歌うことは、正しく発音はできるが正しさに偏って表現が失われがち、逆に英語では、音が抜けがちだが表現は豊かになりやすい傾向にあります。さて歌語化・表現語化とはどういうことでしょう。そしてなぜ必要なのでしょうか。

この部分は、通常の声楽・演劇、養成所などでのレッスンや、ボイストレーニングでは出てこない部分です。(なぜならできている先生は自分ができていることに気づいておらず、またできていない先生はもちろん教えることはできないから、という単純な理由です。)

それでは解説していきます。

歌語化・表現語化とは

簡単な例を挙げて説明してみます。

例えば「た」という平仮名1文字の中に、発音の前半と後半、t<A>a という膨らみや強弱、息→声→息の流れを感じられ、実際に歌や台詞の中で具現化できる。これが歌語化の第一歩です。つまり、一文字一文字を点ではなく線で、さらに幅や立体感を持たせられるかということです。

これが歌語化の基本です。

これがあることで、音符と音符を繋いだり、スピード感を出したり、たった1文字のひらがなを、たとえば「たーーーー」のように後に間延びをするのではなく、時間をかけたり、たっぷり歌うことができるのです。(後ほど動画解説あり

イメージとしては「←←た→→」と前後に伸ばし、さらにここに息の強さの膨らみを持たせます。

息の強さってなんだ?「強い息が生まれるシステム」

息の強さとは速さや量ではなく、息を飲み込む力と吐く力のバランスによってできる圧力の強さのことです。

これは発声の基本どころか、舌根の上げ下げ(下げるだけではない)、表現の呼吸ができないと不可能です。息の強さをどうやって作るかですが、腹式呼吸が出来るくらいではどうにもなりません。表現の呼吸は体が楽器化していないとできません。具体的には、いかに胸回り(とりわけ背中と脇腹)を膨らませるながら胸全体のポジションを上げて、ふたをするように喉の奥を飲み込つつ、やっとここで横隔膜をあげると圧力がかかるのです。

つまり①風船を膨らませることで内部に圧力をかけつつ(胸と背中の膨らませ方とポジションをあげる)、②ふたをきちんと締めること(喉と舌根のポジションを下げる)で空気が一気に出ないようにしつつ、③さらに外側からも圧力をかける(横隔膜=腹式呼吸)、④ふたに開いたほんの少しの隙間(気道)から空気が出て、⑤その隙間の内部にある薄いリードのようなもの振動する(声帯
そんな器用なことできないですって?そんなことはありません。人が本当に驚いたり感動すると自然に①の息を吸い、そして②のように息を飲み、⑤に向かって行きます。これは大人になるにつれできなくなる人はいますが、本来ほとんどの人ができる自然な日常の行動なのです。ポイントは①〜⑤の順番を守ることと、すべて「しつつ」つまり「足し算」であることです。

ヒントは日常生活の中に「ヤカンのお湯」

そしてこのシステム、やかんのお湯が沸いて、フタの笛がなるまでの物語とほとんど同じなんです。おうちにやかんがあれば、沸騰させてみてくださいね。本体が胸、フタが喉、笛が気道、水が息、火が横隔膜
表現のヒントは常に日常生活や人の自然な反応の中にあり

なぜ練習しても上手くならない人がいるのか

しかし、楽器化も呼吸もできていても、発声がよくなっても、日本語の発音の常識や、ボイトレ・発声法の常識に囚われると歌語化はできません。なぜなら、たとえば楽譜に書いてある音符の音程やリズムをそのまま読むと、絶対に歌語化できないからなんです。つまり前項の①〜⑤の「順番を守らなかったり」「どれかひとつ、またはふたつだけでやろうとしたり」「つながらずにブツ切れになったり」「足し算ができていない(例:②をやった時には①を辞めてしまう)」

そうなると、どれだけ練習しても、歌や読みになると破綻するという、実践に活かせないという状態になるのです。

でも楽譜を無視しろということではありません。どういうことでしょうか。ここで一度「掛け声のセリフ」で考えてみましょう。

掛け声を例に取るとよりわかりやすい

ここでまた歌語化の発音の仕方に戻ってみましょう。たとえば台本に、掛け声のセリフがあったとします。仮に台本に「おーい」と書いてあったとしても、そのまま発音する人はよほど生真面目な人か正直な人かなと思います。

実際は、uuooOOuuiiくらいのつもりで声を出すと、ちょうど良いのではないでしょうか。つまり決して字には書けないわけです。でも、しいて書くとすると「おーい」となるわけです。さらに音程や音量は指定されているわけでもないのに、だんだん音量は膨らみながら音程は浮き上がって行って、やがて下がり気味で終わるのが自然でしょう。

歌の歌詞となるともう、この連続です。

楽譜に書いてある文字は正解ではなく、あくまで平均または目指すべき目標であり、答えではないのです。
この歌語化ができると、必ずと言っていいほど、音程は下から浮き上がるように自然にうねりが生まれます。一つの音程に自然な幅が生まれるのです。二つの音程を移動するとそこに音程幅があるのは当然ですが、そうではなく、あくまで一つの音の中に自然な幅が生まれます。

 

【参考動画】自然な膨らみや音程幅を持って、話すように歌い、歌うように話すためにのヒントです。

 

自然な幅が自然な表現と歌唱を生み出す

この自然な幅こそが自然な音程であり、楽譜上には表せないものなのです。例えば楽譜上のある音符を見て、それが「ミ」なら、その「ミ」の音に向かうまでの物語が幅であり、そこに感情の方向性が生まれます。それが音程の幅になり、もっと言えば、リズムの幅にもなります。

自然な幅がない人は、どんなに良い声で正しく歌っても、自然で伝わる歌唱にはならないのです。楽譜に書いてある音符・歌詞・リズムは、あくまで平均値、目指すべきものなのです。

しかしただ楽譜通り、全くそのまま正しさだけを追求してやってしまうと、不自然なお遊戯会のような歌になってしまいます。

これは絶対音感教育を、その意義や必要性と危険性を知らずにやるとよく陥ることです。

このように、書いてあるまま読むと、どんなに気持ちを込めて歌っても「棒歌いだ」「感情が足りない」と、いつまで経ってもレッスンで言われてしまいかねません。

こんなところにも歌唱や読みの落とし穴があるのです。

これがクレッシェンド(crescendo:次第に大きく)やディミヌエンド(dimimuend:次第に弱く)、ポルタメント(portamento:2音感を跳躍的でなく、滑らかにすべらせるようにつなぐこと)の基本にもなります。これを無視してただ楽譜に書いてあるからと言ってだんだん大きく、だんだん小さくと無意味にやったり、2音感をしゃくるようにつなぐと、不自然極まりない歌となってしまいます。楽譜通りに歌ったとしてもです

「舌根を下げる」は本当であり、嘘!?

これまでにボイトレや声楽、演劇などのレッスンを受けたことがある方の中には「舌根をさげろ」と言われたことがある方も多いでしょう。舌根とは、下の見える範囲の奥の方の部分です。ここを自然に下げられれば、気道は一定に確保されやすく、確かに声は出しやすくなります。しかし、舌根はある程度上げなければならないこともあるのです。

舌根の下げ方について

むりやり押さえつけるような下げ方をすると、カチカチの声になって終わりです。舌根をスプーンで押さえて歌う練習というものもかつてはありましたが、これとて上がっているのを意識するくらいならまだしも、本当に押さえつけると、当たり前ですが「反発して余計に力が入って」おしまいです。

また喉の開け方というのは開ける部分閉める部分があって、一律に開ければ良いものでもないのです。喉の開け方については以下の「体も開くのどの開け方〜ポイントは喉・舌・口蓋垂(こうがいすい)よりもアゴの下」をご覧ください。アゴの下が降りると、舌根がすっと下がるのです。

舌根は上げなければならないこともある!?

実は舌根はとにかく下げれば良いものではありません。まず舌根を自然に下げられるように、生徒さんにはなっていただきますが、(そもそもなぜ上がるのかというと、息が弱いのに声をちゃんと出そうとすると、舌根をあげて無理に呼吸を集めてしまうなどの理由があります)そのあと、あげることも覚えていただきます。

たとえば「た」や「か」はローマ字で書くとTA、KAとなりますよね。このTやKという子音は、舌根を下げっぱなしにするとほとんどの人は発音できなくなるか、カチカチになるか、特殊な発声(東京の落語家さんには割と多い)になってしまいます。

TやKなどの子音は舌を口の天井部分、いわゆる口蓋(こうがい)につけなければ言えません。もちろん舌根と舌先は繋がっていますから、よほど舌が長いか、異常に柔らかくて伸びでもしなければ、舌根を下げたままでは、舌は口蓋に届かないのです。

よく考えれば当たり前の話なのですが、下げろ下げろと言われているうちにそれがわからなくなってしまう人が多いのです。

つまり、子音のときは息は弱く舌根はやや上がり、子音から母音に向かって、息に圧力をかけつつ、舌根を下げていくという動作が必要なのです。

そんな難しいことできない!?いえいえ、これはひとが感動して、思わず感嘆の声をあげる時には自然にやることなんです。表現者というのはそれを自分流にアレンジしつつ再現するのが大切な仕事なんですよ。

歌語化・舌根上げ下げ簡単実践例(動画)

実際、歌になるとどうなるか、論より証拠。簡単に動画で説明します。童謡「鯉のぼり」のやねより「たかい」の、「た(TA)」と「か(KA)」を以下に繋ぐかにご注目ください。またこの時に生まれる音程の幅にも注目してみてください。この幅やうねりこそが、レガート唱法(ブツ切れにならずに滑らかに歌う)の肝となるのです。どれだけレガートにと思っても、歌語化ができていないと、つまり話すような「音程を感じさせないような音程」でも「ちゃんとその曲に聞こえる音程」というものが作れないと、歌は音が繋がっていようがいまいが、ブツブツと切れて聞こえてしまうのです。

Amazing grace「アメイジング・グレイス」を例に取ると

歌はどの言語の歌でも日本語的に歌うと「全ての音符はきちんと鳴るけれど、表現は硬くなりやすい傾向」にあります。逆に英語は歌うと表現は柔らかいが音が抜ける傾向にあります。

例えばアメイジング・グレイスという歌
日本語的だと「あーあーめー」となりますが、英語的発音なら最初のAはほとんど読まないから最初の二音は聞こえにくくなるわけです。

そこで必要なのが言葉の歌語化なのです。これは歌詞に限らず、ナレーションや声優・俳優にも必要なことですが、最近は上手い人が増える一方、この歌語化は苦手な人が多いようです…ここはチャンスだと思うのですが…。

体の楽器化という基礎を

体をバランスとれた楽器にすること。
その中で良いバランとタイミングで息と声をミートさせること、そして歌語化すること。

これらができて初めて歌は(セリフやナレーションも)成立するのです。

正しい発音、呼吸法、発声法は大切ですし、どこででも学ぶことはできますし、ボイトレ本にもかいてあります。

しかし、それらを繋ぎ合わせ、具現化する体の使い方やバランスや、常識にとらわれない語感の構築こそ、より大切なのです。

(仏語やドイツ語も、例えば巻舌でないRが出てきても、歌では巻舌で有声にして、音を繋ぐということもします。)

体の楽器化、歌詞の歌語化をお渡しします

浜渦メソッドのボイストレーニング、声楽、演技、声優・俳優、一般向けの全てのレッスンは、この自然かつスケールの大きな、伝わる表現のための体の楽器化と、その中で自由なタイミングとバランスで息と声を繋ぐという、表現の本質、そして、それを実践に生かす歌語化など、これまでレッスンでは解決できなかった、才能やセンスのせいにされてきたものを解決するべく発展・進化させてきました。

楽器化や歌語化のイメージは、正しい発声や呼吸法をやる前にこそ、本来身につけなければならないものです。

初めての方も、声を出すのが苦手な方も、本当に意味のある高い声や、必要性のあるミックスボイスを出したい方、これまでのボイトレではうまくいかなかった方、レッスンで恐怖をもったり、うたが嫌になってしまった方も、ぜひ一度遊びにおいでください。

苦手な方には表現の本当の楽しさを、好きな方には未知の領域をお渡しします。

最後は宣伝で申し訳ありませんでした💦

 

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