前回の記事で、現代ボイトレは、「発声の効率」を追い求めた結果、声は出しやすくなる一方、感情の方向性を生み出す息のポジションや、体腔共鳴は削ぎ落とされる傾向にあり、スケール感や個性を失いつつあると書きました。
今日から、感動を生み出す体を楽器化し、息のポジションを作り出すための第一歩である、「息を吸う」と「息が入る」の両立と、「息を吐く」と「息を飲む」の両立による、息のポジションの構築について解説していきますね。
目的は、それが楽曲や台本と融合した時に起こる、化学反応的大変身、自分の再発見、そして「自分が本当はどうしたかったか」がわかる瞬間に出会うためです。
さらに、これらによって初めて達成可能な、息のポジションと共鳴の距離感による「感情の方向性」や、ただの良い声を超えた「伝わる声への変化」についても解説していきますが、分かりやすくするため、今日は、息を「吸う」と「入る」の違いと体の楽器化について。
まずは「息を吸う」と「息が入る」の違い、わかりますか?
どっちも同じ吸気ではあるけれど…?
少々長い記事ですが、これまで言語化されてこなかった部分を言語化すると、どうしても長くなってしまいます(言い訳です…)。目次から、気になるところだけでもお読みいただければ幸いです。
🎥 動画で実践を見る|「吸う」+「息が入る」=体の楽器化
この記事で解説している「息を吸う」と「息が入る」の違い、そしてその両立によって体が楽器化していく流れを、実演を交えながら動画で解説しています。
文章だけではイメージしにくい方は、
先に動画をご覧いただいてから本文へ戻っていただいても大丈夫です。
「息を吸う」と「息が入る」の違い
最近のボイトレは、ちゃんと「息を吸う」方に関しては、大抵、丁寧に教えてくれます。
ここでは、「吸う」は自分の意思、「入る」は無意識の吸気だと思ってください。
この時点では腹式呼吸は一切意識しないこと。腹式はこのあと、表現の必要性から自動的に始まります。
腹式は、上体(胸〜喉〜口腔内)などの状態をキープするという大切な役目があります。
上体が楽器として良い形でなければ、当然、悪い状態をキープしてしまうことにもなるのです。
腹式は大切ですが、使い所を誤らないようにする必要があります。
息を吸うとは
好きな花の香りを嗅いだり、細いストローでタピオカを吸い上げるようなイメージです。
ストローを使った呼吸法はもうかなり有名になっています。
こうすることで、口腔〜鼻腔にかけての空間が広がりやすく、かつ喉全体が下がることによって空いた空間に、舌根が降りやすくなります。そして大切なのは、喉の内側が細い管のようになること。
一度、喉全体を手で軽く掴みながら、いい匂い+ストローのつもりで吸ってみてください。
この時、喉の奥の方でスーッと細い音が聞こえればOK。喉の奥が少し涼しく感じるくらいが良いでしょう。うまくいけば、喉全体がすこし下がっているはずです。
(※鼻をすするような音や、喉で引き笑いのような詰まった音がしたらNG、うまく吸えていません)
実は、これができるようにしてちょっと鍛えてやれば、多くの人は、なんとなくの高い声とか、なんちゃってのミックスボイスは出せるようになります。
要するに、手っ取り早いのです。高い声に苦しんでいた人、せめて人並みにと思っていた人、専門学校や養成所で、大成はしなくとも、なんとなく達成感を得るには最適です…。
なんとなく嫌味な物言いになってごめんなさい…でも実際そうなのです。
出す理由の薄い高い声、ミックスボイスそれ自体が目的であったかのようなミックスであって、表現や自分を表へ出すという目的ではない声。
もし皆さんが個性を生かしたい、声で人生を良い方向へ持って行きたいと思うなら、そういう手っ取り早さとは一度縁を切りましょう。急がば回れ、ですよ♪
「息が入る」…これこそ、忘れてはならない基礎の基礎
これが意外と気づかない、最も大切な第一歩であり、思わず出る、「話すような自然な声」のキーポイント。
昔はよく、「お前は息が入ってない!」と怒られたものです。
そう言われたから今度はたくさん吸うと、「そんなに吸わなくていい!」
おい、どっちなんだよ、と。
答えは、どっちもやれ、なんですね。
つまり、「吸う」と「入る」は別のことであり、かつ、両立できる。
「吸う」が自分の意思なら、「入る」は無意識。
たとえば、音を立ててはいけない場所で、心の中で「(ああ!!やっちまった〜〜!!!)」なんて声なき声を叫ぶ時。
口に手を当て、背中を丸め、胸から肩のラインがぐっと引き上がると同時に驚きの表情をする。
この時、知らぬ間に息が背中〜脇腹に入るのです。
息の音もほとんどしません。
吸ったから背中が開いた、ではなく、開いたから息が入った感覚です。
これが得意なのが水泳の選手。
彼らは息を吸うというより、開いて入れるんですね。
つまり、開くと勝手に入る。
この時、吸った時に細くなった喉の内側とは違い、喉の気道の外側が開くんです。
息の音がほとんどしないのはこのためです。
(※あえて、言葉の正確性より、イメージのしやすさを優先しています。ここ重要です)
これでよく指導者が言う「喉を開けろ」が達成されるわけですが、じゃあ声がバシッと出るのか?
…それがなかなか出ません。たしかに、息が入り、気道を広げる力があることは、現代ボイトレが見落としてしまう一大重要ポイント。
しかし、これだけでは気道が広すぎて息は漏れる→それを防止するために喉を詰める→喉を詰めるので息が出ない→息が出ないから一気に決壊するようにまた開く→開くと(以下同文)
この負のスパイラルに陥る人が今より、昔の方が多かったように思います。
また、深く息が入るので声はごっつくなりますが、いかにも高い声が苦しくなる。水を撒こうとしても、ホースが太すぎて勢いのない水が出て目的に届かない。
つまり、中身はあるが届かない声になります。
「吸う」「入る」どちらかだけでは足りない
以上のように、この最初の一歩は誰でもできることであるにも関わらず、多くの人ができていません。
- 「ちゃんと吸う」だけ:コントロールはしやすくなるが、感情の強さ(中身)がうすくなる
- 「ちゃんと入る」だけ:声に深みや中身はあっても、相手に届きにくい
わかりやすく言えば、みんなにプレゼントが配られたが開けてみると空っぽな表現だったとか、中身はあるが届かない歌か。どっちも嫌ですよね。
でも歌う側、話す側からすると、「ちゃんと吸う」ことができたらもう十分じゃないか?と思えますし、
さらに、発声やなんとなくの表現できるから、ますます気づきにくい。
気づけば、上手くてももう一回聴きたいとは思ってもらえない、誰だかよくわからないような表現になりかねません。
一方、「ちゃんと入っている」だけで、周りを置き去りにしたような自分の世界に入ってしまうと、誰も聞いてくれない。
それは、対になる「ちゃんと入る+ちゃんと飲むのバランス」がないからに他なりません。
吸気の時点ですでに、この先の呼気(吐く息)、発声、発音、音程、リズムなどが大きく制限されてしまうのです。
ちゃんと「吸う」+ちゃんと「入る」=体の楽器化(スケールと個性の源)
ここまで来れば、お分かりでしょう?
どちらも間違っていない。でもどちらかでは足りない。
答えは、両方やろうぜということです。
料理が美味しいために、ちゃんと吸って驚くこともあります。
びっくりして思わず入ることもあります。
しかし、片方だけの状況というのは、驚いているようで冷静なのです。片方が醒めているとも言えます。
人は本当に驚いたり全身で感動する時、両方やるんですね。
それはある種、冷静さを失うような興奮。
それをですね、私たちは冷静にやるんです。
冷静に、冷静ではない興奮を再現する。再現して膨らませる。
オペラでもロックでも、どんなに興奮しても、興奮ゆえに楽譜と違うことを叫んだり共演者を殴ったりなんて決してしませんよね。
そこが人間の面白いところです。
「吸う」と「入る」の両立で体の中で楽器化が行われる!
口腔〜鼻腔が開く、脇腹〜背中周りも開く。
体の楽器化が成立するメカニズム
喉の内側が閉じ、外側は開く。
(※ここで言う「内側が閉じる」とは、喉を力んで潰すことではなく、密度を高めるために気道を「細く密閉された管にする」という意味です。その管の周り=外側の空間や骨格が開くことで、声が破綻せずに大きな響きを生み出します)
喉は下がり、胸のラインは上がり、管楽器が接続されたようになる。
つまり、吸った時点のパーフェクト。
これが体の楽器化です。
難しいのはこの状態の維持です。
サボると、すぐに楽器は崩れてしまいます。調律師は呼べません。
調整も自分でやるのです。これが大変かつ楽しいところです。
でも、やっと声の表現のスタートラインに立てたわけです。
表現はゴールにつくより、スタートラインに到達する方が大切。
そこからは好きなように走ればいいのです。
そもそも、表現にゴールなんかありませんよね♪
「喉を開けろ」「喉を開くな」矛盾はここで解決する!
お気づきの方もいらっしゃるでしょう。
喉の内側は閉じ、外側は開く。
これがよく言われる、「喉を開けろ!」「喉を閉めるな!」どっちだよ!?の矛盾の正体なんですね。
この説明がきちんとなされることは、ほとんどありません。
そのため、受け取り方を間違えると、「喉の外側を閉じて+内側を開く」=メチャクチャになる。
私はこれで大変苦労しました。
(※これもあえて比喩的な表現といいますか、実際喉の内部で起こっていることは違う部分があります)
「吸う」と「入る」を両立するメリットの数々
- 軽さと深さを併せ持つ「声の楽器」になる
- 上下左右に体を開き、身体表現をフルに使い切れる
- 「吸う息」「入る息」のバランスや圧力が、あなたの気持ちを体現し、「声の個性」を生み出す
- 自然と「表現者」としての美しく機能的な姿勢になる(※次項で解説)
楽器化できた時点で美しい姿勢もできあがる!?
姿勢は大切です。しかし、私たちが求める本当に良い姿勢とは「その人が一番良い表現ができ得る姿勢」であるはずです。
この「吸う」と「入る」が両立できた時、全身には以下のような変化が起こります。
- 背骨がまっすぐになる
→ 体全体が均一に引き上げられるため - 背中はやや丸まって見えるが猫背ではない
→ ファイティングポーズの丸さ。背中が縮まった猫背ではなく、息が入って背中が広がったため、やや丸く見える - 胸は張っているが、背中を反らして突き出したのではない
→ 胸を張っているつもりで背中を反らせて突き出してしまう、多くの人が間違ってしまう部分 - 手〜腕の力が自然に抜けて自由に動く
→ 胸〜脇腹周りが上方に扇形に広がり、肩が下から支えられ、関節が緩むため - 足も自由に動く
→ 上体が引き上げられているため、腸腰筋や関節が緩むため。息を吐くたびに踏ん張る力が生じるが、これは関節が詰まったのではなく、体幹がしなやかに働いた状態
簡単に言えば、胸も背中も左右前後に広がり、胸が無理なく少し持ち上がっている状態。
姿勢は機能美として美しく、体がぶれず、手足は自由に動く。
この状態を何があっても保とうとする力こそが「体幹」です。
つまり、姿勢というのは意識して作るものではなく、「何をした結果そうなったか」なんです。
お分かりかと思いますが、これが演劇やコントなども含めた、人前に立つ舞台人に共通した姿勢の正体です。
私が「歌唱力=演技力=話す力」と言うのも、お分かりいただけるかもしれません。
すべて、同じ体の使い方から生まれるからです。
歌だけ上手いけど演技はすごい下手、ということは、本来ないんですよ。
この先へ|あれ?腹式呼吸っていつやるの?「吸う」「入る」の後はどうする?
吸う時ってもちろん、腹式ですよね?
あれ?でも、いい匂いを吸うように吸い上げると、お腹は膨らまないな?
じゃあ、「入る」時に腹式……?
うん? 「入る」時って背中が広がるし、むしろお腹はへこむぞ?
それで正解です。
この「体の楽器化」の段階では、腹式呼吸を意識する必要はありません。
腹式呼吸は、あくまで「できあがった楽器」に対する演奏法。
まだ楽器を組み立てている途中で、演奏法だけを先に始めても、
体が自由に反応できなければ、その呼吸を十分に生かすことができません。
では、体が楽器化したあと、腹式呼吸はどのように自然に始まり、その先の「息のポジション」へつながっていくのか。
※上の動画では、この「腹式呼吸が自然に始まる」ところまで実演を交えて解説しています。
ここから先は、その呼吸がどのように「圧縮」され、「息のポジション」や自由な声へつながっていくのかを見ていきます。
そのための次のキーワードが、
「吐く」だけではなく、「飲む」と「吐く」のせめぎ合いです。
ここまでつながると……
- 腹式呼吸が、表現の必要性から自然に始まる
- 「飲む」と「吐く」の押し合いによって、息の圧力が生まれる
- 体という楽器を保ったまま、息を無理なく押し出せる
- そのせめぎ合いの中心に「息のポジション」が生まれる
ここから、ようやく「体を楽器にする」段階から、
その楽器をどう演奏するかという段階へ進みます。
続きの記事では、
「吐く」と「飲む」の両立から生まれる腹式呼吸、息の圧縮、息のポジション、そして自由な声へのつながり
を詳しく解説しています。
動画だけでは伝えきれない部分もあります
今回、この「吸う」+「息が入る」による体の楽器化は、
動画でも実演を交えて解説しました。
ただし、吸う息と吐く息の微妙なバランスや、
声を出す前に体の中に生まれる息の圧力、
そして「静寂」や「間」まで含めた表現は、
同じ空間で実際の呼吸や声を感じながらでなければ伝えにくい部分もあります。
動画や文章を参考に、
まずはご自身の体の中で何が起こっているのか、
少しずつ感じてみてください。
そして、もし
「自分の場合はどうなっているんだろう?」
「実際に体で確かめてみたい」
と思われたら、体験レッスンで一緒に確認していきましょう。

