第1回目では、「体腔共鳴」と「息のポジション」の本質について書きました。
一見「非効率」にも見える体の使い方が、なぜ心を揺さぶる表現力を生むのか。
そして第2回目では、体を楽器化するための「息を吸う」と「息が入る」の違い、そしてその両立について書きました。
この二つが両立すると、体の中がまるで管楽器を組み立てるように接続され、発声や表現のための「楽器」ができあがっていきます。
そして前回、あえて
「この時点では、まだ腹式呼吸を意識しなくていい」
とも書きました。
では、腹式呼吸はいったいいつ始まるのでしょうか?
そして吸った後は、ただ息を「吐く」だけでいいのでしょうか?
第3回、そしてこのシリーズ最終回では、楽器化した体から、実際に声が生まれるまでのストーリーを書いていきます。
・「吐く」と「飲む」の両立によって、息に圧力が生まれる
・その押し合いの中心に「息のポジション」ができる
・そこから共鳴、音域、声の方向性、個性や感情表現へつながっていく
この順番で見ていきましょう。
ちょっと長いので、気になるところだけでも読んでみてくださいね。
体を楽器化すると、腹式呼吸は自然に始まる
「息を吸う」と「息が入る」の違いについては、前回の記事で詳しく解説しました。
この二つがバランスよくできれば、体は楽器化し、喉から上の部分と胴体が、まるで管楽器のマウスピースと本体が接続されたような状態になります。
ここからは「吸う」と「入る」が両立した状態を、まとめて「ちゃんと吸う」と書きますね。
しかし、人間は他の楽器と違って、職人さんが作ってくれるわけではありません。
材料は、生身の体です。だから、せっかく作った楽器も簡単に崩れます。
そして、一番崩れやすいのが息を吐く時です。
吸って膨らんだ体が、吐いた分だけどんどんしぼんでいく。
声が出る頃には楽器が崩れ始め、フレーズの終わりでは壊れている。
これは、とてもよくあるパターンです。
鏡で見ながら歌ってみると、胸が落ちたり、背中が折れたり、首が縮んだりと、意外なほど分かりやすく形が変わっていることがあります。
では、逆に考えてみましょう。
ちゃんと吸って作った「楽器の形」を、何が何でも保ったまま、ゆっくり息を吐いてみる。
吐いても胸が極端に落ちたり、上体が大きく崩れたりしない。
すると、どこか別の場所が呼吸の仕事を引き受けなければなりません。
楽器は動かさない。胸も大きく潰さない。
でも、息は吐かなければ窒息してしまう。
「じゃあ俺が動く!」
と、自然に動き出すのが、お腹〜脇腹〜背中を含めた呼吸のシステムです。
これが、私が考える歌やセリフに必要な腹式呼吸の始まりです。
腹式呼吸を先に「やる」のではありません。
体という楽器を壊さずに呼吸しようとした結果、腹式が必要になり、自然に動き始める。
ここが非常に大切です。
🎥 「体の楽器化」から腹式呼吸が自然に始まるまで
ここまでお話しした、
「吸う」+「息が入る」ことで体を楽器化し、
その楽器を保とうとした結果、腹式呼吸が自然に始まる
という流れは、こちらの動画で実演を交えて解説しています。
「腹式呼吸を先に作る」のではなく、
体という楽器を守ろうとした結果、呼吸が動き出す
という感覚を、映像とあわせて確認してみてください。
なぜ最初から「腹式」を意識しないのか?
腹式呼吸は、安定した呼吸を作るためにとても大切です。
しかし逆に言えば、今ある体の状態を維持する力でもあります。
上体が楽器として良い状態なら、その良い状態を守ってくれる。
でも、胸が落ち、背中が縮み、喉が押し上がった状態なら、その状態を頑張って維持することにもなりかねません。
私の指導経験上、胸まわりが落ちた状態では、横隔膜を含めた呼吸の動きも十分な広がりを持ちにくくなります。
その状態で「お腹を動かせ!」と意識すると、呼吸というより、いわゆる腹踊りのような動きになってしまう人もいます。
これが、第2回で
「この時点では、腹式を意識しないでください」
と書いた理由です。
「胸で吸うな、腹で吸え」
これをあまり真に受けすぎると、体の楽器化そのものができなくなります。
なぜなら、楽器化するためには胸〜背中〜脇腹周辺にもちゃんと息が入り、適切に広がる必要があるからです。
そもそも、息そのものがお腹へ入るわけではありませんよね。
お腹に息が入ったら、肺に穴が開いているか、よくても盛大なゲップです(笑)。
楽器を守るために必要なのが「体幹」と「柔軟性」
楽器化した状態を維持するために必要なのが、体幹と柔軟性です。
体幹が弱いと、脇腹から下を使った時に背中が折れたり、胸が落ちたりする。
柔軟性が足りなければ、下を絞った時に、上まで一緒に縮んでしまいます。
でも、楽器として作った上体は壊さない。
この両立ができて初めて、腹式呼吸は「表現のための呼吸」になります。
「息を吐く」と「息を飲む」で、声のパワーを作る
やっとここまで来ました。
しかし、腹式呼吸ができただけでは、まだ「良い息を吸って、良い息を吐ける」という段階です。
声を出したり、感情を外へ送り出したりするためには、もう一つ必要なものがあります。
息の圧力です。
🎥 「圧縮」→「押し出す」→声を動画で実践
ここから先の
息の「圧縮」→無理なく適切に「押し出す」→声
という流れは、こちらの動画で詳しく実演・解説しています。
冒頭では「体の楽器化」と腹式呼吸についても簡単におさらいしたうえで、
声を出す前の静寂や間、高い声、自然な話し声、
さらに音域・音色・音量・声の距離感へとつなげていきます。
イメージとしては、スプレー缶が分かりやすいでしょうか。
安定した容器の中に圧力があり、出口を押すと「プシューッ」と細く、強く、一定に出てくる。
歌やセリフでも、このような「一気に抜けない、密度のある息」が必要になります。
では、どうやって作るのか。
息を吐こうとする力と、出ていこうとする息を内側へ引き留めようとする力を、同時に使います。
感覚的な比喩で言えば、
100の力で吐こうとして、99の力で止める。
外へ出るのは「1」なのに、その「1」はとても強い。
ここで言う「100」「99」は、もちろん物理的な数値ではありません。
大量の息を一気に出すのではなく、強い力を保ったまま、少量ずつ時間をかけて送り出す。
そんな感覚の話です。
人間は、普段から息を圧縮している
実はこの状態、特別な発声テクニックではありません。
私たちは日常生活の中で、無意識に何度もやっています。
たとえば、道を歩いていて犬のフンを踏みそうになり、ギリギリで踏みとどまった時。
バットやラケットを振り出す直前。
フォームや柔軟性を保ったまま、一瞬踏ん張りますよね。
犬の…の場合、その後出す、「…あっぶね〜…!!」の声のなんと素晴らしいことか(笑)
そもそもテイクバックした時点で、自然に息は入っているはずです。
その入った息を一瞬内側へ受け止め、体にバネを作り、そこから振り切る。
こう考えると、歌やセリフには、かなりスポーツ的な要素があります。
もっと日常的な例なら、「抜き足、差し足、忍び足」でそっと歩く時。
あるいは、ずっと分からなかった謎が突然解けた時。
「……あっ!」
と思わず息が入り、そのあと手を打ったりしながら、
「ハイハイハイハイ……そういうことね!」
と言う。
この時も私たちは、息の圧縮と解放を知らず知らず繰り返しています。
ヒントは、いつも生活の中にあるのです。
そもそも歌や演技とは、人間が普段している反応を再現し、膨らませ、音楽や台本に融合させるものなのですから。
「息を飲む」とは?――誤解を恐れずに言えば「喉を詰める」
さて、ここから少し危険な言い方をします(笑)。
息を「飲む」とは、誤解を恐れずに言えば「喉を詰める」ことです。
※ここで言う「喉を詰める」は、喉を締め上げたり、押し上げたりして声を無理に出すことではありません。
吐こうとする力に対して、内側から受け止める感覚を伝えるための、浜渦メソッド上の言葉です。
ビーチボールを思い浮かべてください。
パンパンに膨らんだビーチボールが「体の楽器化」だとします。
せっかく膨らませても、栓が開いていれば、空気は全部抜けてしまいます。
そこで、栓をグッと押し込む。
この「栓を押し込むような力」が、私の言う「息を飲む」感覚です。
前回作った、いい匂いを嗅ぐ時のように喉全体が下がり、内側には細い管が残っている状態。
その形を壊さずに、唾を飲み込む時のような方向へ、もう少し強く内側から受け止める。
そんなイメージです。
もっと簡単に言えば、
詰めるんですよ。喉を。
ただし、吐き出す力を止めてしまうのではありません。
吐きっぱなしにしない。
ということです。
「喉を詰めるな」の本当の問題
「喉を詰めるな」
発声でよく言われますよね。
もちろん、締め上げたり、押し上げたりするのは問題です。
しかし、それと息を受け止めるための内側の抵抗まで一緒になくしてしまうと、今度は息を支えるものがなくなります。
また、「飲む」力が「吐く」力より強すぎても、当然苦しくなります。
つまり問題なのは、
詰めるか、詰めないか。
開くか、閉じるか。
ではなく、
何と何が、どのくらいの力で押し合っているか。
なのです。
「息のポジション」とは何か?
では、いよいよこのシリーズの中心、「息のポジション」です。
先ほどのビーチボールに戻りましょう。
ビーチボールの栓をしっかり押し込んだ。
でも、その栓の真ん中に、目には見えないほど細い穴が開いていたとします。
栓をしているのに、ほんの少しだけ空気の逃げ道がある。
このイメージが、私がレッスンで伝えている喉と肺、そして呼吸の関係に近いものです。
もちろん実際の人体が、ビーチボールと栓でできているわけではありません。
ここでは医学的な構造説明そのものではなく、身体が反応しやすく、想像しやすいイメージとして読んでください。
↓
その押し合いの中心――「息のポジション」
↑
下から――腹式呼吸によって押し返す力
上からは「飲む」。
下からは「吐く・押し返す」。
その二つが押し合いながらも、中央には細い息の通り道が残っている。
だから、息は一気に抜けません。
細く、強く、ゆっくり、遠くまで。
ホースの先を少し絞った時、水の量は減るのに、遠くまで勢いよく飛ぶのと似ています。
これが、発声や表現に使える呼吸です。
そして、その押し合いの中心として身体に感じられる場所を、私は「息のポジション」と呼んでいます。
昔よく言われた「胸に息を当てろ」の正体?
昔の声楽レッスンでは、よく
「胸に息を当てろ」
などと言う先生がいらっしゃいました。
言葉だけ聞けば、ちょっと意味不明ですよね。
でも今考えると、その先生方が身体で感じていたものの一つが、この「息のポジション」だったのかもしれません。
私の場合、基本的には肺の中央〜胸骨付近に、その押し合いの中心を感じます。
ただし、骨格や声帯、ジャンル、表現によって、その感覚には個人差があります。
声楽・ポップス・ロック・声優・俳優・ナレーション・お経……。
ジャンルが違っても、土台にある仕組みは基本的に同じだと私は考えています。
ただし、その人の身体にとってどこが一番自然なのかは、一人ひとり違います。
そのあたりを確実に見つけ、身体に伝えられる先生を探すのが一番です。
「発声効率」だけを先に求めると、体が鳴らなくなる
ここを飛ばして、発声効率だけを手っ取り早く求めようとすると、楽器化していない体のまま、弱い息でも、喉が多少上がっていても、鼻周辺へ抜くことで声を鳴らす――といった方向へ進みやすくなります。
実は私自身、高い声に大変苦労したため、一時期これをやっていました。
いろいろなこともできる。
でも、つまらない。
そして、「誰の声だか分からない」ような声になる。
考えてみれば当然です。
自分という大きな楽器の、ほんの一部分しか使っていないのですから。
楽器化していなければ、体は鳴りません。
すると低い声でも、高い声でも、いわゆる「イケボ」のような声でも、声そのものは良く聞こえるのに、表現としてのスケールや個性が乏しくなってしまうことがあります。
声帯だけが鳴ることと、自分という楽器全体が鳴ることは、別なのです。
これは特に、声優や俳優など、声そのものを細かくコントロールする技術を身につけやすい人ほど、一度確認してほしい部分でもあります。
息のポジションができると「元々あった個性」が出てくる
逆に、体が楽器化し、その中に息のポジションができれば、いろいろなことが可能になります。
まず、個性が出てきます。
「個性を作る」というより、元々持っていた個性が表へ出てくる、と言った方が正確でしょう。
自分の体という、この世に一つしかない楽器を使い切るのですから、当然ですよね。
そして、息のポジションがあるだけで、声を出す前から周りに存在感を感じさせることがあります。
静寂の中に圧がある。
いわゆる「オーラ」と呼ばれるものの一部も、こうした身体の状態から生まれると私は考えています。
ちゃんと吸えた時点で、感動できる身体の形が生まれる。
そこへ「吐く」と「飲む」の押し合いが加わり、表現を外へ出す準備が整う。
その中心が、息のポジションです。
息のポジションを変えずに、声を自由に動かす
さらに面白いのは、ここからです。
遠くのものを感じたり、近くのものへ語りかけたり、高い音・低い音・明るい感情・暗い感情を表現してみる。というより、そうしようと思うだけでいいのです。
すると、息のポジションを起点として、声帯を通り、胸・口・鼻・頭など、さまざまな場所が響き始めます。
前後左右上下。
声に「方向」が生まれるのです。
おもしろいですよ。
声を、いろいろな方向へ自由に振り回せるようになるのですから。
「考えるな感じろ」で、本当に体が動き出した瞬間です。
それは、しっかり圧のかかったホースの先だけを動かして、いろいろな方向へ自由に水を撒くようなものです。
水源そのものを毎回作り直す必要はありません。
中心は変えない。そこから、表現だけを自由にする。
体を楽器化する。
その楽器を壊さず、腹式呼吸が自然に動き始める。
「吐く」と「飲む」を両立させ、息に圧力を作る。
その押し合いの中心に「息のポジション」ができる。
そこから初めて、声や響きや感情を自由に動かしていく。
言葉は「前」へ。 声は「後ろ」へ。 息のポジションは「下」へ
…何かを良くしても何かがおかしくなる…これが多くの人が陥るところです。
たとえば、
「言葉を明瞭にすると、声も息も硬くなる」
「息を柔らかくすると、滑舌が崩れる」
しかし、浜渦メソッドが目指すのは、
言葉・声・呼吸、この3つが、それぞれ違う方向へ自由に働ける身体をつくること。
そのためにまず必要なのが、この息のポジションです。
ポジションが決まると、自然に言葉(特に子音)が美しくなります。
細く強い息は、舌や唇がどんな動きをしても、止まったり飛び出したりしないからです。
ここに気づかず、滑舌が悪いからと、正しい舌の動かし方などを意識しすぎて、呼吸がガチガチになってしまい、正しくても聞き取れない滑舌に向かってしまう人も多いのです。
滑舌で大切なのはむしろ息の流れなのです。
安定したポジションと強い呼吸から生まれる声は、子音と一緒に飛び出さず、きちんと体を響かせてくれます。
これで子音は前へ、母音は後ろを回って、出てきます。つまり子音と母音に距離が生まれるのです。
これで、胸のポジション・前に出る言葉・後ろから出る声の三角形が出来上がります。
この3つのベクトルを分けられるようになると、
●言葉は明瞭だけど、声は優しく、でも呼吸圧は強い(気持ちは前へ)
●あえて滑舌を作り込まなくても、声と呼吸の強さで何を言っているかがはっきりわかる
●声は途切れ途切れでも、呼吸の滑らかさと、子音の美しさでレガート(滑らか)に、物語が繋がって聞こえる
といった、一見矛盾するようなニュアンスも共存できるようになります。
結局、大切なのは「基礎」なんです
これが、浜渦メソッドで皆さんに伝えたい大きなものの一つです。
そして、私が考える本当の基礎です。
たとえばミックスボイスも、本来は「ミックスボイスという技術を身につけたから基礎ができる」のではないと私は考えています。
体が楽器化し、呼吸と声帯のバランスが整った結果として、自然にそう呼びたくなる声が鳴り始める。
つまり、
ミックスボイスができたから上手くなるのではない。
ちゃんと歌えるための基礎ができた結果、ミックスボイスも自然に使えるようになる。
共鳴も、腹式呼吸も、ミックスボイスも、それ自体をゴールにしなくていい。
それらが必要になる身体を先に作る。
そして、身体が必要に応じて勝手に使ってくれるようにする。
「動かす」のではなく、「動き出す」。
第1回から長々と書いてきましたが(笑)、このシリーズで一番お伝えしたかったのは、結局ここなのかもしれません。
自分という楽器を作り、その楽器を壊さず、呼吸と声を自由に演奏する。
そこから先は、声楽でも、ポップスでも、ロックでも、演技でも、ナレーションでも、好きなように表現してください。
その時に初めて、テクニックだけでは作れない「自分だけの声」が出てくるのだと思います。
