すべての表現者のために「腹式呼吸とブレスコントロール本当の意味と意義」公開

「個性」とは何か「新しい自分」に出会うために

クレヨン 上達のアドバイス

ボイストレーナーの浜渦です。「個性のある歌い方をしたい」「個性のある声が欲しい」そういう方はたくさんおられます。しかし、無理に個性を出そうとして不自然になっている人も多いのが事実です。その個性は本物でしょうか?

HIRO
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この記事でお伝えしたいことはこちらです♪

  • 「個性は全ての人にある」
  • 「個性とは作らずに自由な体から溢れ出すもの」
  • 「不自然は個性ではない」
  • 「誰かに似ていることと個性がないのは関係ない」
  • 「個性はバランスの取れた身体と呼吸から」

個性は全ての人にある

当たり前のことを今更ですが、個性のない人間はいません。よく「平凡」などと言いますが、それは平均点を知ってしまったために、知らず知らずのうちに、そこに染まりたいという願望がどこかにあるのではないでしょうか?

赤ちゃんの泣き声は個性的?

赤ちゃんの泣き声はよく考えると、土曜日の赤ちゃんも同じようにも聞こえるのですが「誰かに似ている」とか「個性がない」と思うことはないでしょう。むしろ「我はここにあり!」という強烈な「表現の」メッセージを感じるのではないでしょうか?

それは空気を読むことなく(赤ちゃんが空気を読んでいたら嫌ですよね…)、その「必要」から精一杯、自由に表現しているからに他なりません。自由に表現することは、それがたまたま誰に似ていようが、そこに個性は溢れるのです。

もっと言えば、誰かのモノマネをするときでも、そこに自分の個性はしっかり出せるのです。ただ似ているだけでは、人気が出ないことはお分かりかと思います。

個性を無理に出そうとしても出ない

個性は嗜好のように、全ての人にあるのです。それを押さえつけたり、別のものでごまかしたり、理想を無理に現実化しようとすると、無理が生じて、自分の個性を殺してしまいます。

特に歌などは、かっこよく歌おうとか、誰かの真似とか、流行りの歌い方などを追おうとして、無理をして、また特色を出そうとして、呼吸にも無理が生じ、個性が失われるばかりか「ただ変わっているだけ」なんてことになりかねません。

不自然なのも、奇をてらうのも、個性ではない…もちろん断言できるわけではありませんが、そう思った方がこの先が拓けていくんはずです。

個性ある声の出し方、歌い方

人は自由になった方向に動きます。もしあらゆる方向に自由に動けるようになれば、自動的に好きな方、気持ちの良い方に動くことでしょう。これこそが個性です。中には、あらゆる方向に動けるのに、真ん中でじっとしている人もいるでしょう。これも個性だと言えるでしょう。

しかし、自由がないからじっとしているのも、自由がないのに無理に動いているのも、個性ではありません。個性は、無理のあるところからは生まれません。

体のバランスを取り、関節を緩め、思うままに動けるようにする

私のレッスンの最重要部分はここです。体幹で体を支えて、あらゆる関節を緩める。これだけで呼吸法と演技力は自由になります。自分が思う方向に体は動き出します。しかし、これができないと、常に自分の余計な力と戦ってしまい、不自然になります。

「不自然≠個性」「奇をてらう≠個性」です。
HIRO
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自然、つまり、自分を思いのまま操れるようになると、その動きや声が、たとえ誰かに似ていようと、嫌でもあふれ出しますよ♪

個性とは、自然に自分を自由に操る「表現」にこそあります。

もちろん、性格は不器用だろうがそのままで良いのですよ!!

そして表現とは「共有」とも言い換えることができるかもしれません。

詳しい体の緩め方は、動画付きで解説予定です。

レッスンで教える第一は「自由に意のままに動き、声を出せること」

前回の更新でも解説しましたが、自分自身を自由に操れるようにすることが、表現のレッスンの基礎です。

そこからは伝統芸能以外は、つまり芸術はそこから先は「自由」が原則なのです。もちろん、伝統芸能も自由な自分と個性がなければ衰退してしまうことでしょう。

レッスンで教えては「いけない」こと
ボイストレーニング、演技や声楽レッスンで教えては「いけないこと」。本当の基礎が身につくと、自ずと自然で個性的、そして感動的に歌えるようになります。それを教えるのが講師の力量です。基礎が何かをとらえずに、要らいないことを教えてしまうと却って下手になってしまう場合も…スクール・教室選びの参考にも。

自由なわけですから、そこからは先生と生徒の提案のしあいです。自由になる前にこう歌え、こう動けと言われても形だけ真似るのが精一杯。その上怒られるのがオチ。そして、先生の言いなりになってしまいかねません。日本はそういう権威主義的なところが未だ強くあります…残念なことですが。

そして自由になる方法はというと、そこは「見て盗め」であったり。

逆に精神論や権威主義を排して、鼻腔共鳴やミックスボイスなどを論理的に教えるのは良いのですが、体と呼吸をある程度を操ることができる前に教えてしまって、あとで大変なことになる場合もあります。短期的には上手くなったように見えたり、高い声も出るようななったりするのですが、基礎がないために、あとでそのテクニックが自由を妨げる足かせになったりすることも多いのです。やはり、論理に偏っても、根性論に偏ってもダメなんですね。

基礎というと修業的に感じたり、単純作業の繰り返しや辛いものと思う方もいますが、それは違います。音楽を始めとした表現の基礎は、もっとクリエイティブなものなのです。

呼吸を淀みなく前まで出す

身体のバランスをとって、関節を緩めると、これだけで腹式呼吸もほとんどできるようになっているはずです。あとはその呼吸を淀みなく、口の前まで安定して出したり吸ったりできるかです。

結論、個性は作らない。溢れ出すもの

具体的に個性を出す方法はなかったように思うけど

HIRO
HIRO

大丈夫です。体が自由になって、呼吸をしっかり吐けると、いやでも個性が溢れ出てきます。

今まで呼吸も体も上手く使えなかったけど「個性的」だって言われてたんですけど…

HIRO
HIRO

その不自然さゆえの個性というか、それは個性じゃないんですよ。そんな過去の自分は、体が自然に使えるようになると、吹き飛んでしまいますよ。そして…新しい自分、つまり本当の個性に出会えるはずです!その初めて見る自分の個性に戸惑ったり、恥ずかしがったりする方も多いんですよ♪

歌が上手くなったり、演技が上手くなって何が本当に楽しいかと言うと、それは褒められることよりも、カラオケの点数が高くなることよりも「自分を意のままに操れるようになること」なんです。そこには初めて「表現=共有」が生まれます。

表現、それは「共有」です。他人との共有だけでなく、自分自身との共有でもあります。これができると、自分を客観視できるようになり、歌は、表現はどんどん上達するのです。

この気持ち良さをぜひ、全ての人に、レッスンで嫌な思いをしたひとや、自分は個性がない、歌なんか表現なんか向いていない!そんな風に思うひとにはぜひ味わって欲しいのです。

それが私がボイストレーナーを続けている大きな理由なのです。

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