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2025年 大晦日のご挨拶 〜徒然なるままに〜

ダイアリー

今年も残すところあと、2時間と少し。
今頃、普通にご挨拶…というのもと思い、
お得意の(?)徒然なるままに書かせていただきました。

この少し生意気な文章をもって、
2025年の総括と、年末のご挨拶に代えさせていただければと思います。

大晦日、紅白を見ながら思うこと

今年のレッスンもすべて終え、洗濯や掃除をして、年越しそばを食べ、
家族四人で紅白を見ています。

正直に言うと、紅白は少々しんどい。
とても勉強になるし、子どもたちも楽しんでいる。
でも、どこかで胸がざわつく。

まず、「もう今年は声はいいよ」と思う気持ち。
聞くと職業病なのか、すぐ体で再現しようとか、
そういう気持ちが動き出す。

そしてもうひとつが…
「自分はどんな道を選んできたんだろう」という問いが、
同時にやってくるからです。

いや、私ごときがプレーヤーを続けたところで、
もちろん、紅白に出るような素晴らしいアーティストの方々のように、
なれるはずもないだろうことはわかっていますが。

それでも考えることはあるのです。

歌を嫌いになったところから始まった

そもそも私は、歌が嫌で嫌で仕方なくなった人間です。
歌はどんどん下手になり、声を出すこと自体が怖くなった。

それでも歌わなければならない環境にあった。
徐々に自由に歌えるようになり、
仕事もたくさんいただけるようになりましたが、

DOはあっても、HOWがない、声楽レッスンへの反発や、
思いはあっても、それが表現とつながらない人をたくさん見てきて、
教える側を極めようとしましたのです。

もし、あのまま歌い続けていたら、
今のような、上手いとは、感動とは何か?
表現者とは何か。
そんなことを考える余裕もなかったでしょう。

きっと、今よりもずっと下手なまま歌い続け、
ひどい状態になっていたと思います。

それでも、音楽の世界と繋がっている

紆余曲折ありましたが、
それでも今、私はボイストレーナーとして、
音楽や、声優・俳優、演劇の世界と繋がっている。

喜びも、悲しみも、幸せも、切なさもあるけれど、
後悔はありません。

それは、生徒さんや、支えてくれる家族、
周りの人たちのおかげです。

自惚れていた時期と、倒れた経験

大病をする前、
自分は「天才ボイストレーナー」だと自惚れていた時期もありました。

実際、どんな生徒さんが来ても、
表情を見て、話し方を聞いて、少し歌やセリフを聴けば、
「何が起きていて、何をすればいいか」が一瞬で見えた時期がありました。

そこに至るまでは紆余曲折がありました。
ボイストレーナー専業を目指し始めた20年ほど前、
最初は本当のお金がなかった。

子供は1歳。
それまでの仕事を全部やめてしまった。
無計画にもほどがありました。

おかげで、昼は仕事、夜は朝までハンバーガー店でバイト。
1〜2時間寝て、また仕事。

しかし、出会う人すべての声を観察し、
どんな声が、どんな状態から生まれるのかを考え続けていた。

「いらっしゃいませ」のトーン一つで、
相手の反応がどう変わるか。
そんな研究を、ほぼ24時間していたように思います。

だから、そのレベルになったのも、
ある意味では不思議ではなかったかなとも。

ただ、無理が祟って倒れました。

もう一度、最初から

1年の闘病生活のあと、
取り戻そうとして、また突っ走り、
精神的にも体力的にも限界を迎えました。

その当時の生徒さんには、
本当にご迷惑をおかけしました。

それでも今、こうしてまたレッスンができている。

かつてのようなスタイルではできません。
でも今は、体と心が整えば、
何をどう教えればいいかが、自然とわかる。

真似できる見本も、きちんと見せられるし、
引き出しは失っていないなと。

体と心を整えることほど、
私にとって難しいものはありませんが。

それでも通ってくれる人たちへ

自惚れていた時期も、落ち込んだ時期も、
そして今、新しいスタイルを築きつつある今も、
ずっと通ってくださっている生徒さんがいます。

レッスンを認めてくれているだけでなく、
「もう少し、浜渦をボイストレーナーとして生かしてやろうか」
そんなエールを感じることもあります。

新しい年に向けて

期待に応えるとか、
新しい技術がどうこうではなく、

知識や過去に頼らず、
「常に最初からやり直す」。

同じことを、何度でも発見し直せる自分でいたい。

発見し直していないものは使わない。
だからこそ、古くならずにいられる。

そんな姿勢で、
新しい年も、レッスンを続けていきます。

どうぞ、来年もよろしくお願いいたします。

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