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【歌のうまさの誤解】歌の上手さの3要素と優先順位が見えていますか?

上達のアドバイス

ボイストレーナーの浜渦です。

歌が上手いってどういうことでしょうか?
カラオケの点数?ビブラートができる?高い声が出ること?

もちろん、それらはバロメータであり、自分の表現を彩る大切なテクニックです。
しかし、それ以上でもそれ以下でもないのです。

皆さんは好きな歌手がいますか?
…なぜ好きなのでしょう?

ビブラートができるから?
高い音が出るから?
点数が高いから?
きっと違いますよね。

もちろん、高い音「も」、ビブラート「も」できるかもしれないし、点数「も」高いかもしれません。
でも、そこがメインではないはずです。

しかし、いざ自分が歌うとなれば、そういうところにばかり目が行ってませんか?
今日は、これまで言語化されてこなかった、歌の上手さの誤解と、では上手いとはどういうことなのかについて、わかりやすく言語化してみたいと思います。

歌やセリフの上手さの要素とは?

  • ① 身体を楽器状態にする力とその維持(体の楽器化)
  • ② 楽器(身体)の演奏能力
  • ③ ①から②を引き出す「溜め」を作るリズム感

出てくる順番は【

なのに、多くの方が、①と③がないまま、②(歌い方やテクニック)ばかり求めてしまいます。
正直に言いますと、①③で表現力の90%は決まると思って良いくらいなのですが、多くの方の場合、①と③の存在に気づいていません。

いえ、本当は気づいているはずなのです。
なぜなら、自分が大好きな歌手や役者さんを見る時は、①から③への動きによって引き込まれ、③の溜めを感じて受け止める準備が完了し、そこから生まれたもの(=表現)に感動するからです。

さらにその表現が、②の技術や装飾によって、輝かしく彩られる。

①と③によって引き込まれているにも関わらず、その部分は体の内部で行われるために見えません。実際演技も②のタイミングで行われます。

これが皆さんから一番大切な①の楽器化(感動の具体化)➔ ③(感動を放ち、それをお客さんが受け取るタイミング)という、最も大切な、根本的な上手さの要素を遠ざけ、最終的に出てくる②の技術的な部分、結果だけを追い求め、それが上手いということだ、という落とし穴に陥るのです。

技術や装飾が悪いわけではないのです。
それを生む土台がなければ、それらは生きないどころか、マイナス要素になりかねないということです。

楽器化 ➔ 溜めというリズム = 自分がどう歌いたかったかを引き出す行為

①の楽器化(=具体化された感動)とそれを増幅し、表へ出す③のリズム感(重心のコントロールとそのタイミング)があれば、②の演奏能力は、「自分がどう歌いたかったか」という想いと共に、自然と『引き出される』のです。

引き出されるから、自然で伝わる。
たとえ演奏力がイマイチでも、その人らしい良い歌になる。
遅れても、変なところで息を吸っても、声が裏返っても、それがミスに聞こえなくなる、或いは長所にすら育っていく可能性だってあるんです。

環境や条件に左右されず、いつでも自分の100%を引き出せる状態。それこそが本物の表現の土台です。
そして「どう歌いたかったか」が引き出されるから、結果として演奏力(②)もどんどん上がるわけです。

スポーツに例えるとわかりやすい

ちょっと難しいですよね。
野球のバッターや、テニスのラケットの構えに例えると、上体や腕はゆったりしたまま(脱力)、体幹は踏ん張る(入力)ことで、ゆったり且つ、いかにも打ちそうな「打つ直前」の構えになる。

これが① ➔ ③の動きです。あとは、振らなくても勝手に出てきます。
なぜなら、余計な力が入っていない上体が、踏ん張りのリズム感によって、一気に出てくるのが②なのです。

これは基本的にどのスポーツでも、どの楽器でも同じです。
ドラムでも、ピアノでも、ギターでも、上手い人ほど、ゆったり感と弾く直前の踏ん張りを感じさせます。
そして上手い人ほど、これを隠してさらっとやってのけます。

これがピンと張った、空気の緊張感や、「くるぞ!」と、まだ音が鳴る前なのに、お客さんは受け取れる状態になる。

ところが、上体に力が入ったり、体幹が抜けると、ガチガチになったり、腰砕けになる。たとえ形だけ、綺麗なフォームで、ボールに当てられても全く飛ばない。

声で言うと:
・見た目の姿勢や呼吸法はあってるのに、まったく通らない声。
・響きやボリュームを頑張っても、綺麗な放物線を描けず、客席に届かない声。
ということになります。

声の場合、自分自身が楽器です。
しかも声は他の楽器のように手の動きのような具体的なものが見えません。
場合によっては体の外側は全く動かないことも要求されます。

これが、歌や演劇の世界の人が、教える側も学ぶ側も、小手先のテクニックや論理や、「気持ちを込めろ!」などという、精神論・根性論に走ってしまう原因です。

見えないから具体的に教えられない。
見えないから誤魔化せてしまう・・・。

気持ちを込めるとは、ゆったり膨らませた肺と胸周りを(気持ちの具体化)、余計な力を入れずに、体幹(特に脇腹周り)を使って、腹圧をかけ(込める)その、バランスを取り続けることなんです。
これがなければ「思っているだけ」、バランスが悪ければ「ステージから落ちる」のです。

この具体的行為を無視すると、頭の中だけで喜怒哀楽を作り、不自然になり、気持ちを込めれば込めるほど、「込めているつもり」になり、怒られたり、却って下手になるという、悪循環を生むのです。

自然な表現になる人と、上手くても感動を生み出せない人の差

①③があれば、②の歌唱力やどう歌いたかったかが自然に引き出されると書きました。実は、その引き出されるものの中に、自然なビブラートやグルーブ感・フレーズ感、などもあるのです。

しかし、②を自然に引き出す、①と③がなければどうなるでしょう?
自然に引き出されないから自分で『出そう』とする。

これが「自然に上手くなる人」「上手く歌おうとする人」の差です。

だから、たとえ上手くても、どこか不自然になる。
上手さを意識的に出そうとしたら、あざとくなるのは当たり前なんです。

その人のやりたかったことを引き出し、自分で上手くなれるようにするのが本当のレッスン

だから私は、生徒さんの身体が、その人がやりたかったことを引き出せる状態に持っていくレッスンをするんです。
だから、生徒さんが勝手に上手くなる。

しかし、「こう歌うのが上手いってことだ」とか「この発声が全員にとって正解だ」みたいなレッスンは、短期的には誤魔化せても、長期的には、本人が気づかない限り、失敗するのです。だってそれは不自然ですし、前提として誰かと比べた上手さでしかないからです。

そして素直で真面目な人ほど、そこに陥るのです。

レッスンの本質とは?

ここに書いたことがすべてです。
…なぜ私は、普通のボイトレで満足せず、何年も何年もこんな追及を続けているのだろう。

自分でも不思議です。もっと手を抜けばいいのに。
誰でも考えつくような、上手さや腹式呼吸やなんちゃってミックスボイスを教えれば楽なのに。

しかしそんなことをするくらいなら、とっくの昔にボイストレーナーなんて辞めているでしょう。
それは誤魔化しの行為であって、そんなものが私にとって面白いはずがないし、生徒さんの将来のためになるはずがないからだと信じているからです。

これまで、誰もが避けてきた全体像。
そのために、なされてこなかった言語化。
そのために見過ごされてきた本質。

しんどさmax歓喜もmax…
…生きている実感だけは、あります。
やっと言語化できてきたかなと思います。

言語化って、自分で追求して、自分で実践した中からじゃないと、絶対できないし、バレるんですよ。誰かが言語化したものを使ってそのまま教えるなんて、不可能なんです。

だからこれからも、無料で惜しみなく書きます。
ここに書いてあることを具体化してみたい、自分の体で!
そう思われた方はぜひ遊びに来てくださいね。

こんな面倒くさいこと書いてる割には、レッスンはシンプル且つ、笑いが絶えないものを提供しているつもりですので♪

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