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絶対音感の弊害と、真面目な人ほど歌が上達しない傾向にある理由

ピアノの鍵盤 上達のアドバイス

ボイストレーナーの浜渦です。

「発音や音程やリズムに邪魔されずに、気持ちを伝え続けてくれる一定の強さを持った息」が出ていないのに音程を正しくすると喉が枯れてしまったり、傷めてしまいかねません。

これは絶対音感の弊害と言えるでしょう。真面目な人ほど、音程や発音を正しくするためにその都度発声を変えてしまい、いつまでたっても上手くならない傾向にあります。つまり、気持ちを伝えるという表現の本質【=すなわち自分そのもの】よりも、楽譜上や世間に照らし合わせての正しさ、言うなれば【常識やルールや世間体】を優先してしまうのです。

喉が枯れたり、痛くなったりする大きな理由

喉を痛めたり、不自然な歌になるのは、多くの場合、美しさよりも、発音・音程・楽譜上のリズムなどの「正しさ」を優先させてしまった結果としてです。これではどんなに良い声でも、高い声が出ても、そこに感動はありません。

呼吸と耳の良さの関係「絶対音感がなくても音痴は治る」

気持ちを伝える強くしなやかな一定の呼吸を作りつづけ、且つ音程や発音によって、その呼吸を失わないように、バランスを取り続けるその緊張感にこそ、体と心が喜ぶ気持ち良さがあります。そして、その喜びを知った者には、正しい音程を取ろうとしなくても、耳が自動的に修正してくれるようになるのです。それこそが本当の耳の良さではないでしょうか。(事実音痴な人はそれでほとんど治ります。)

「学校のテストでは測れない能力」を。絶対音感は記憶力に過ぎない

絶対音感は確かに便利です。しかしそれは記憶力であって、新しいものを創造するものではありません。声も楽器の音も、常に「二度と再現できない揺らぎ」を続けています。絶対音感に頼る人は、この揺らぎや自然なビブラートが苦手です。(私がまさにそうでした。)

表現は感動の再現であり、正しさの再現ではありません。これはおなじみの学校のテストでは測れない能力なのです。学校では音楽のテストでも、正しさが何より求められてしまいます。面白さやオリジナリティを校歌を歌うテストで発揮すると、まず間違いなく、悪い点数がついてしまいます。

美しさ>正しさ・きれいさ

表現において【美しさ>正しさ・きれいさ】であることは、ご納得頂けるところではないでしょうか。

美しさ>正しさ・きれいさ

これはルールや真面目さでは誤魔化せない、人間の根源的な部分です。歌はハッキリ言いまして、エロいし、快楽ですし、苦しみでもあり、悲しみ、狂おしさでもある。
いや、そうでなくてはならない。

それを「真面目さ」で蓋をしても、何も生まれないのです。たとえ、良い声で正しい音程で高い声が出ても、何も生まれないのです。

もちろん、下品になってはいけません。ギリギリの品は残しつつ、セクシーでもあるこれは、人間である以上、否定してはならない部分であると思います。セクシーというと、なにやらいやらしい不潔なイメージを持つ方もいるかもしれませんが、それは違います。清潔とセクシーは両立するのです。

センスや才能は関係ない

…ちょっと一杯やった後ですので、偉そうなことを言ってしまいました…。

しかし、この呼吸は、ある程度健康に生まれられたことを感謝しつつですが、ほとんどの人が、才能やセンスなど関係なく、身につけられて、そして歌も上手くなります。そうでなければ、私はボイストレーナーなどこれまで続けていなかったでしょう。

ここでいう「うまさ」とは、誰かと比べてとか、誰かに似ているうまさではなく、あくまで、オリジナルの絶対感のある、少なくとも自分自身は感動できるうまさです。それは本当に心地の良い世界です。この感覚を、体験せずにこの世を去るようなことがあってはあまりにも勿体無いではありませんか。

繰り返しますが、センスや才能は関係ありません。むしろない方が面白いし、みなさん自身も新しい自分に出会えるチャンスがあると言えるでしょう。

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