最近、歌も演技も「上手い人」が本当に増えました。
でも、正確なのに、なぜか心が動かない。
正しいのに、なぜか頷けない…そんな違和感を抱いたことはありませんか?
今回は、私がレッスンで最も大切にしている「波」の話をしたいと思います。
徒然なるままに、例の(?)口語調で書き綴りました。
正解を求めることに疲れた方へ、もっと自分らしい表現をしてみたいというあなたへ。
少しだけの「アバウトさ」と、大きな「納得」というヒントをお届けします。
上手さとは、相手を「頷かせる」こと
カラオケの点数がよかったり、高い声が楽に出るということだけではなく、
目の前にいる人が思わず「うん」と、頷いてしまうような表現…
これが、僕にとって上手いということなんだよ。
それは理屈を超えた、リズムの共有の始まりでもあるんだ。
歌でも演技でも絵でもスポーツでも同じじゃないかな。
もちろん、その上でテクニックや正確さもあれば鬼に金棒だよね。
そのヒントは「アバウトさ」という大きな波にある
そのヒントは『アバウトさ』にある。
アバウトな音程・リズム・発音…
あ、音程やリズムを軽視していいって意味じゃないよ。
アバウトさという大きな波を優先させるということ。
その上に音程や楽譜上のリズムや歌詞が乗ってくる。
するとね…
下がっているよう上がっているような音程の波
前に押し出すようで後ろに引くような言葉の波
曖昧なのに、みんなが一斉に頷けるリズムの波
これが生まれるんだよ。
だから僕はこの波を生徒さんに教える。
これができたら勝手に音域も音色も技術も広がるのを知ってるから。
日本人が陥りやすい「点」の発音と、お相撲さんの「重心」
じゃあ波って一体なんだって言うと、
それは絶え間ないフェードイン→クライマックス→フェードアウトが、
たとえば、「あ」とか「か」という一文字の中にあるか。
たとえば「か」ならローマ字で書いたら「KA」だけど、
これを子音から母音への「波」で捉えられるか?
子音「K」に至るまでそこから母音「A」に向かいクライマックスを迎え、
また次の文字のためにフェードアウトする。
これを一瞬のうちに終わらせるか。
50音表に慣れた日本人は、口先から喉の奥の「どこか一点」で子音を打ち込みがち。
本来は、「一本の、大きく回転するような息の波」の上に子音を乗せるもの。
50音表はもともと、日本語を整理するために、平安時代中期ころに生まれたもの、と言われているけど、その後も都の言葉(京都)はもちろん、各地方の方言は、1文字1文字区切るようなものではなかった。
それが共通語(標準語)の教育に使われたことで、日本語は一文字一文字をハッキリ切って発音する言語だという、ちょっと間違った認識になってしまったんじゃないかな?
(と、私は思っています。)
点で打つのをやめ、線で流し始めると、言葉はリズムを持ち、一気にうねり出す。
今は発音の話を書いたけど、音程だってそう。
まだ音程を感じさせない、まだ形になってない思わず出る声から、音程に向かい、
また次の音程のために、フェードアウトしていく。
リズムも同じで、重心を溜めるタイミング、溜めたままの踏ん張りと移動。
簡単にいえば、吸う→踏ん張る→踏ん張っている間に引き寄せる・引き上げる力で、
圧縮した空気をスムースにフェードイン・フェードアウトして、空気圧の波を作る。
これがあらゆる音色やボリュームや音量の燃料になる。
お相撲さんの、押されても、引かれても倒れずに突き進む力に似ているかな?
だから相撲は見ていて手に汗を握るし、実際お相撲さんに歌が上手い人が多いのは
よく知られていることだよね。
重心のコントロールによる自然な波を生み出すのがうまいんだよ。
テクニックは「波」のあとから付いてくる
さて、ここでは、1文字単位、1音程単位でって書いたけど、これを、
1音節単位、1小節単位、1フレーズ単位、1コーラス単位と広げ、
どれか一つではなく、全てを感じながら歌う、話す、演じる。
そういう自分だけの話す言葉、自由な音程感覚やリズムと楽曲や台本が融合していく。
すごく難しそうでしょう?
それが、ですね、一旦一つの波を掴めれば、あとは自動的にできるようになるんです。
これがグルーヴ感とかいう、わかったようなわからないようなものの正体だと思ってる。
よくやっちゃうのが、音程も発音もリズムも正確なのに、
それゆえ、大きな波が感じられなくなるというもの。
正しいのに、納得は得られない…これはもったいないよね。
それはさ、やっぱり個性がないうまさじゃ誤魔化せないってことなんだよ。
そういえば、自然な喋りに楽曲を融合させていく方法の動画ってまだ出してなかったけ?
レッスンではメソッドの核に据えてるけど、最近はレッスンに精一杯で、動画撮って編集する体力が残ってないんだよね。
最近の人は本当に上手い人が増えた。
上手いというか器用。
難しいリズムを正確に捉え、高い声が出て、早口もなんのその。
そのかわり、身を焦がすような狂おしさや、陶酔のような美しさと、
それを伝えるグルーヴ感を持った人は減ったように思う。
それがいい悪いとかではなくて、僕の言うところの「上手い」もいいもんだよと。
単なる技術的なものや好き嫌いではない、思わず納得を生み出す表現。
この一曲の間、その歌詞やセリフの内容という、言い方は悪いけど嘘の世界に、
楽しく美しく身を任せたいと思わせる表現。
そういうものを僕は伝えていきたい。
そのために、血を流すような、いのちを削るような思いで作り上げたのが、
浜渦メソッドだから。
正解・タイパ・コスパを求める時代に、あえて「前向きなアキラメ」と「遠回り」を
じゃあなんで、そんなしんどい目をして、そんな表現に身を捧げようと思ったのかって?
それはね…
みんながその瞬間、主義や主張・宗教や人種、年齢や性格なんかも超えて、
理解はできなくても、うんと頷き、納得しあえる、共有しあえるなんておもしろいじゃないの?
人はさ、正解も求めているけど、本当は納得が欲しいんだと思うよ。
出し抜いて、自己責任で、やったもん勝ちもいいんだけど、
「これでダメなら仕方ねえ!」という前向きなアキラメこそ、必要なんじゃないかってね。
なに?そんなゴタクはいらないか上手くしてくれ?
安心してください。
最初の方に「その上でテクニックや正確さもあれば鬼に金棒だよね」
って書いたけど、大きな自分の波が作れる人はね、
自動的に自然な呼吸法や発声法が身につくんですよ。
それは当然のことなんです。
自分の体を、自由な波で動かすということは、自分がよく見えているということ、
すでに体の使い方を理屈ではなく、体で覚え始めている行為なんですから。
波って、普通に考えれば、そもそも無駄なんです。
波なんか作らず、一直線とか、点の方が、時間もかからないし、体力もいらない。
タイパもコスパもずっといい。
本当は、理屈と方法論だけで相手を感動させられれば楽なんだけどね。
そういう練習やレッスンはやった気・わかった気にはなれるけど…
でも、この音から次の音へ最短ルートでなく、大きな波で、
自分の体重を担いで登って降りて…そこにしか本当の感動は生まれないんだよ、きっと。
まとめ&参考動画
我ながら、勝手気ままな文章を書いてしまいました。お気を悪くされた方が居られましたら、どうか寛大なお心で…
さて、大きな波の正体がよくわかるボイトレ動画の決定版を添付しておきます。
ちょっと古いので回りくどく、見づらいかもしれませんが、再生数に対して、
高評価をたくさんいただき、ありがたいコメントもたくさんいただいています。
私も迷ったら見直す動画です。思わず出る声、波の正体の詳細解説、基礎とは何か?
また、応用例を、玉置浩二さんや井上陽水さんのちょっとしたモノマネを取り上げて実践。
波の大きさや回数で、歌がどのように変化するかの実践解説や、物語を読む時にどのように応用するかなど、盛りだくさんの内容です。
よろしければご覧ください。
●話すように歌う…ボイトレ・歌唱力・話すこと…声の表現の基礎の全てがこの動画に
「ミックスボイス」の答えも、この「話すような思わず出る声」に隠されています。
■ 視聴者の声(YouTubeコメントより)
- 「唯一無二のボイトレ動画」
- 「YouTubeのボイトレ動画で1番本質的な話」
- 「わかりやすいです!」
- 「歌がうまくなる、喉の使い方うまくなる登竜門な動画!」
