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新年のご挨拶「AI時代の今こそ人間革命の時」

歌う人たち 持論・哲学

あけましておめでとうございます。遅ればせながら新年のご挨拶を申し上げます。

このお正月は普段ですと「お正月ボイトレレッスン」を開催しているところですが、今年は自分を見つめ直す時間に当てさせていただきました。

念頭にあたり、今思うことをご挨拶代わりと言っては失礼ですが、つらつらと思うままに書かせていただきます。

経済成長の停滞こそ人間進化のチャンス

AIの時代「経済成長=進化・豊か」の時代は終わるでしょう。いや、もう終わったのでしょう。

経済の成長にまかせ、いろんなものに折り合いをつけ、人間とはなにかの追求があいまいなまま、生きてきた私たちは、いま不安と不満、自信喪失、自分の存在意義を見失ってしまいそうになったり、自分達だけは逃げ切ろうとしたり、世代間で壁を作ったりと、人間の弱い面が浮き彫りになってきていると思います。

本当はそういう危機の今こそ、人間の変革のチャンスであり、それは「人間自身が、みんなで豊かになる」事にしか、その解はないのではないでしょうか。

人間は弱い…

そんな教科書的なことは、誰しもどこかでわかっているものの、自分だけは落ちたくない、不安なことは見たくも知りたくもないという思いから、傍観者になってしまったり、何か楽しい大きなイベントなどで忘れようとしたり、悪人探しに奔走したり、「幸せと思わねば」と、自分の小さな幸せに閉じこもったり。

一方で、漠然とした不安や不満は、刹那なナショナリズムや、疑心暗鬼に向かわせてしまいます。

そうこうしているうちに、経済のごく少ない「あがり」は、手段を選ばない、何をしたいかではなく、何で搾取するかに没頭する経済屋とそれを後押しする政治屋に集中し、「勝てば官軍」という新自由主義的なものに向かわせてしまうでしょう。

「やったもの勝ち」は自分を律し、社会の幸せを願う中でこそ成立するものであり、志のないやったもの勝ちは、時に暴力的になり、本質的なもの、お金にはなりにくくても価値のあるものを駆逐してしまいかねません。

しかし、私も自分の無力さゆえ、逆らって睨まれたくないゆえに、みんなと一緒のところにいたいがゆえに、ともすると、大きな事には目を向けない、事なかれの従順ないい子になろうとして自家中毒を起こしそうになります。

しかし、この時人間の進化は望めなくなるのではないでしょうか。

そんな世の中と自分に、厭世的な気持ちになったり、絶望的な気持ちになることもあるのは事実です。

今こそ歌おう

多くの人は、こんな時「歌など歌っている場合ではない」となったり、逆に豊かになるためではなく、何かを忘れるために芸術をやたらに消費してしまったりするかもしれません。

私たちは、自由を謳歌できる民主主義に生きています。しかし、ご存知の通り、民主主義にも欠点がたくさんあります。欠点のない主義など、いまだ見つかっていないでしょう。

だからこそ、必要なのが一時の風で迷うことのない厳しいルールであり、イデオロギーや宗教を越える寛容さ、幸せが、誰かの不幸の上に成り立たないよう、自分を律することが必要なのでしょう。

私はボイストレーナーですが、声と呼吸はその良し悪しを競うよりも、いかに多くの方と共有し、分かち合う事にその素晴らしさがあると考えます。ほかの表現分野もそうではないでしょうか。

そう考えるにつけ、今こそ歌い、踊る時なのだと、その思いを強くするのです。

音楽や美術だけでなく、本来、全ての仕事や人の営みははそういうものではないでしょうか。

そしてその志を持つ方は決して少なくないと信じています。

よく「仕事」を「志事」と書く人がいますが、私はあれが苦手です(笑)なぜなら、志を持って取り組むと言う、ごく自然なことをわざわざ言うのに不自然さを感じるのと、ポジティブさを前面に出すが如く書いてあるその感じに違和感を覚えるからです。

知識と自己責任と平和と

さて、時折ここに書いてきたような話を生徒さんにするのですが、みなさん聞いてくれます嫌嫌かもしれませんが(笑)

気になるのが「私は知らないから何も言えない」とか、よく見てはいないのに物分かりの良い子になろうとしている人です。知識などなくてもいいじゃないですか。その代わり社会を自分の出来うる限り偏りなくよく見て、感じることがあれば怒り、喜び、悲しみ、意見を持ち、言う。そう言う中から将来の夢というのも本来見つかるのかもしれません。

また、何があっても「悪いのは自分」と、ともに豊かになることを否定するようなことを言う方です。自己責任というのは、努力すれば報われる社会、たとえ、12度レールを外れてもやり直せる社会、老後を安心して暮らせ、子供を産み育てやすく人々が助け合う仕組みがあって初めて問われるものだと持っています。

知識なんて乏しくてもいい。だけど世の中を偏りなくよく見て、自分の目で見て、おかしいのではないかとか、こうなったら良いのに!と思えば、世の中は間違いなく良い方に変わっていくと思うのです。

音楽家には平和主義が多いのは確かです。

平和が元から他の人たちよりも好きだったとは思いません。平和を愛さない人などいないでしょう。しかし、音楽家はまず共有ありきです。自分の空気と空間を作り、その空間を広げ、そのなかで音楽を奏でます。その空間の中にいる人は、好きな人も嫌いな人もみな、自分の世界にいるわけです。

排除ではなく、まず共有なのです。

最後に

徒然なるままに書かせていただきました。

次第にこういうことも書きにくい世の中になってきたように思います。

常に監視され、気に入らない意見にはレッテルが貼られてしまいます。議論や健全な批判よりもわかりやすい、論破と誹謗・中傷の方が受け入れられやすくなりつつあるようにも思います。

より口をつぐみたくなるかもしれません。

しかし、声を出して歌いましょう。絵を描きましょう。踊りましょう。そして、それを異なる正義や主義にかかわらず共有しましょう。人間として。その前に自然界に生きる動物として。

芸術は、人間の精神と進化と動物としての自然さ、豊かに生きるバランスを融合させてくれます。

そんな中からしか生まれない想いや意見がある。

そこに人間の進化のヒントがあると思うのです。

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