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表現とは「自分の弱さと強さを知り、生かし合うこと」

レッスン中の浜渦弘志 持論・哲学(ボヤキ)

ボイストレーナーの浜渦です。歌が好きな方、踊りが好きな方、絵が好きな方…表現が大好きな全ての方へ。みんながみんな上手くなりたいと思っていると思います。優れた表現者になるために、いえ、表現者であるための条件を私なりに書いてみたいと思います。

表現者の第一歩は自分を知ること

自分を知れば知るほど、自分の中に弱い部分と強い部分があることを知ることでしょう。それは心の問題でもありますが、具体的に歌や声で言えば「息を吐く力は強いが、止める力は弱い」「腹筋は強いが、背筋は弱い」「瞬発力はあるが、持久力はない」等々。

逆に全てが優れたレベルで揃っているひとなどほとんどいないでしょう。ものすごく良い声と言われる人ほど羨ましがられる一方で、体が声に追いつかず、コントロールが難しいものです。

音楽性はあってもそれを出すのが苦手な人やその逆も。これは音楽に限った話ではなく、全ての表現、いや、学校の勉強や会社の仕事でもそうでしょう。

つまり強い部分だけではバランスはバラバラになる。だからと言って、自分の弱い部分にあわせていては、強い部分は退化し、全体の成長は望めません。

自分一人という体の中で強い部分は弱い部分をを気遣い助け、弱者は強者を目指す。つまり手を取り合うことが大切なのです。時にバラバラになりそうになっても、そうやって一体を目指すのです。それが音楽を動かし、音に揺らぎを与え、新しいものを作り、人の心を震わせる。これは自分の体を、その特性を知り、理解しなければできないことです。

優れた表現者は人の痛みを知り、長所を活かすことを知っている

優れた表現者とは、自分を知っています。自分の強さも弱さも、それらが手を取り合いながら成長していくことも。これは人間社会でも同じことではないでしょうか。

人の痛みを知り、人の長所を知っている。お互いを活かし合うことを知っている。

自分の中の強いところと弱いところを知るからこそ、自分を生かし、人の痛みを知り、優れたものを認められる。

本当の表現者はそれを知っている。私は、それを思いやりだと思っています。

ただ同情するのでもなく、突き放すのでもない。弱い人にただ合わせることが平等だとも思わない。ましてや弱者切り捨ての生き残ったもの勝ちが平等であるはずがない。

素晴らしい音楽家や美術家、芸術家に平和主義者が多いのは、おセンチなヒューマニズムや理想論ではなく、自分の弱さ・強さを知り、互いに生かし合うことの大切さと素晴らしさを知っているからだと思うのです。

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