発声法の前に|第2回
腹式呼吸や、いろいろな発声法を習い、練習しても、なぜか表現力のある歌にならない。
いつまでも喉が苦しい、息が続かない、高い声や強い声が出せない。
そんな時は一度、胸周りの外側から体の内部までを、「三層構造」で捉えてみてください。
前回の記事では、「肺活量より、肺活力」という話を書きました。
使えない息を1000吸うより、使える息を1吸うことの方が大切であり、この呼吸が、さまざまな声帯の状態に対応し、自然な高い声やフレージングを生み出すのだと。
では、その「使える表現の息」は、どうやって生まれるのでしょうか。
そのヒントとなるのが、肺・胸周りを三層構造で捉える考え方です。
この三つの層のバランスを掴んだ時、生徒さんは、見違えるような表現を見せてくれます。
音色・フレージング・音域・音程などが一気に美しくなるのです。
これがレッスンで一番嬉しい瞬間です。
結論から言えば、
体の外側の形を保ったまま、その内側で「外から圧縮する力」と「内から押し返す力」が拮抗していること。
これが、呼吸・発声・音程・響き・表現を自然につなぐ鍵です。
では、三層構造とは一体何か?
解説していきます。
三層構造とは何か
まず、ここでいう「外側」という言葉に注意が必要です。
外側といっても、単に胸を張るとか、見た目だけ良い姿勢を作るという意味ではありません。
第1層は、外から見える姿勢・構えです。
しかも、ただ背筋を伸ばすなどという良い姿勢ではなく、「今から何かが始まりそうだ」という、表現者としての姿勢です。
楽器で言えば、ピアノの外側の楽器本体の形です。
つまり、これまで繰り返し解説してきました、体が楽器化できている状態を指します。
その上で、体の中ではさらに二つの力が働いています。
ひとつは、肺を外から内へ圧縮する力。
もうひとつは、肺を内から外へ押し返す力です。

●第1層|楽器のフレーム(体の楽器化)
外から見える姿勢・構え。
胸まわりや上体が、表現のための「器」として保たれている状態です。
●第2層|外から内へ圧縮する力
肺に向かって、内側へ圧縮をかける力です。
ただし、第1層(=楽器化した体)まで一緒に潰さないようにしなければなりません。
●第3層|内から外へ押し返す力
肺を内側から広げ、押し返そうとする力です。
第2層に対して反発し、呼吸のしなやかさと弾みを生みます。
大切なのは、この三つが別々に存在することではなく、三つのバランスが取れていることです。
これが整うと、響き、音程、音色、発音、表現が、ばらばらではなく、ひとつの流れとして自然につながってきます。
吸う時も吐く時も、押し合いは続いている
呼吸というと、
「吸う時はゆるめる」
「吐く時はしめる」
と考えられがちです。
しかし実際には、そんな単純な切り替えではありません。
吸う時も吐く時も、第2層と第3層は押し合いを続けています。
吐く時は、第2層がほんの少し勝つ。
すると、圧縮された、強くて少ない、しなやかな息が出てきます。
つまり、息を絞る力が、広げる力に少しだけ勝っている状態。
吸う時は、今度は第3層が少し勝つ。
すると、圧縮を残したまま、次の息が自然に入ってきます。
吸う時も吐く時も、第3層の「吸う力」と第2層の「吐く力」が、常に押し合いをしているというイメージです。
良い呼吸とは、完全に「吐ききる」「緩めきる」ことではありません。
一方の働きを残したまま、もう一方が少し勝つ。
その繰り返しによって、呼吸は滑らかで強くなります。
しかも、その押し合いは、第1層というフレームの内側で行われます。
だから、見た目は大きく崩れないのに、内側では豊かな変化が起こっているのです。
つまり、楽器化した体という第1層と、肺を圧縮する第2層も、常に引っ張り合いをしている状態になります。
補足:実際の動きはこうなっている
- 吐く時、第1層の胸の上部は基本的に開いたままだが、下部(脇腹周り)は第2層と一緒に絞っても良い→胸が少し逆三角形になる。
- 吐く時、第2層は、胸の上部は体重をかけるだけで力を入れすぎない。下部は必要に応じて、しっかり絞り切って良い
- 息を吸う時、第1層の上部の形を崩さず、脇腹周りの力だけを緩めると、自動的に息が入る→広がって逆三角形から戻る。
人間はアナログで原始的な楽器と言えます。補足1のように、実際は、ピアノなどの楽器と違って、フレーム側も多少動きます。そこが面白いところでもあります。
補足1〜3で自然に起こっているのが腹式呼吸です。
腹式呼吸は、このように「表現に必要な呼吸を生み出そうとする必要性」から始まります。
しかし、その必要性を無視して腹式呼吸をしても、歌は上達しません。
3つの層が崩れる「失敗パターン」
さて、三層のバランスを取ろうとすることも大切ですが、その前に、いま自分の中で、この三つのバランスが崩れていないか?
また、崩れているとしたら、どこがおかしいのかを考えてみましょう。
よくある失敗パターンを挙げてみます。
よくある失敗① そもそも第1層がない
まず一番多いのが、そもそも第1層がないパターンです。
楽器のフレームができていない。
つまり、体が楽器化できていない。
この状態で第2層や第3層を頑張っても、土台がないのですから、うまくいくはずがありません。
ビーチボールにちゃんと空気が入っていないのに、上から押したり、下から押し返したりしても、圧力はかかりませんし、正しい打ち方をしても弾みませんよね。
それと同じことが言えます。
呼吸法や発声法をいくら一生懸命やっても、最初の楽器ができていなければ、全部が空回りします。
参考動画
体の楽器化については以下の動画で詳しく解説しています。
よくある失敗② 第2層を働かせると、第1層まで折れ曲がってしまう
これは、実はかなりいいところまで来ている、あと一歩の人にも見られるパターンです。
第2層を使って、肺に圧縮をかける働きは生まれ始めている。
しかし、それを支える体幹が十分に働かず、第1層まで一緒に折れ曲がってしまうのです。
先日、レッスンで豆腐の水抜きに例えてお話ししました(笑)。
豆腐に重しを乗せても、それを下から受け止める、しっかりした台がなければ、うまく圧力をかけられません。
重しだけでなく、それを受け止める力も必要なのです。
身体も同じです。
圧縮する力は生まれていても、それを支えながら楽器のフレームを保つことができなければ、十分に働かせることができません。
でも、これは逆に言えば、第2層の働きそのものは掴みかけているということです。
第1層を保ちながら第2層を働かせるバランスが見つかれば、一気に変わることがあります。
よくある失敗③ 息を吐く時、第2層の代わりに第1層を絞ってしまう
これは本当によくあります。
本来は、第1層を保ったまま、その内側で第2層が働かなければいけません。
ところが、第2層がうまく使えないと、多くの人は外から見える体そのものを縮めて圧縮しようとします。
すると、楽器は壊れます。
胸まわりも、喉も、全体が潰れる。
見た目にも苦しそうで、音も硬くなります。
なぜそんなことが起こってしまうのでしょうか?
肺を圧縮する第2層を働かせるためには、体重を利用して上から圧縮をかける力や、その力に負けないように、下からお腹周りの筋肉で絞り上げる力が必要です。
体が楽器化していないと、これはできません。
また、第1層に余計な力が入って固まっていると、体重をかけられませんし、筋肉が足りなかったり、硬かったりしても、必要な力をかけられません。
その結果、体の外側、つまり楽器本体を絞るという荒技に出る。
これが「力を抜け」と言われてしまう大きな原因にもなります。
クラシックの人にも、意外と多い失敗です。
一生懸命支えているつもりが、実は楽器ごと握りつぶしているのです。
よくある失敗④ 息を吸う時、第3層が勝ちすぎて、次に間に合わない
逆に、第3層が強すぎて、第2層が負けてしまうこともあります。
いえ、もっと簡単に言えば、吸う時に第2層を緩めすぎて負けすぎ、第1層まで崩れてしまう人が非常に多いのです。
すると、喉が上がったり、気道が開きすぎたり、次のフレーズに必要な圧縮が保てなくなります。
こうなると、ブレスのたびに楽器を作り直して、圧縮をかけ直さなければなりませんが、当然、歌っている最中にそんな時間はありません。
「息を吸う時は緩めろ」というのは確かにその通りですが、緩めすぎて、楽器まで緩んでしまうパターン。
これは本人だけでなく、教えている方もなかなか気づかず、「?」となることが多いのです。
最初はよくても、ブレスのたびに苦しくなる。
吸うたびに、どんどん崩れていく。
これもとても多いパターンです。
しかもこれ、息を吸う時間がたくさんある時ほど、気づかずに第2層を緩めすぎてしまうんです。
素早く吸わなければならない時は、緩める時間もないため、意外とうまくいく。
もちろん、これが逆の人もたくさんいます。
つまり、問題は「吸えているか」「吐けているか」だけではない。
吸っても、吐いても、そのスピードが変わっても、たとえ呼吸を止めても、三層のバランスをどう保っているかなのです。
なぜ急に、音程も音色も表現も良くなるのか
レッスンをしていて面白いのは、この三層のバランスが伝わった瞬間、いろいろなことが同時に改善することです。
急に音痴が治る。
急に音程がよくなる。
急に発音がよくなる。
急に音色がよくなる。
急に表現力まで上がる。
それが、別々に一個ずつ良くなるのではなく、同時に、いきなり起こることがあるのです。
なぜなら、問題が個別の技術にあったのではなく、その土台になるバランスにあったからです。
音程が悪いから音程だけ直す。
発音が悪いから発音だけ直す。
表現が弱いから「もっと気持ちを込めろ」と言う。
それだけでは、なかなか解決しません。
三層のバランスが崩れているままでは、どれも表面をいじっているだけになってしまうからです。
だから私は、「音程が下がってるぞ」と怒ることには、あまり意味がないと思っています。
発音を良くしろ、と命令しても、土台がなければ正しくなった分だけ硬くなるだけです。
バランスが悪いと、本人はちゃんとやっているつもりでも、結果がついてこないのは当然のことなのです。
逆に、三層のバランスが整えば、うまく歌おうとしなくても、歌が自然に整っていく。
そうすると、自分が「本当はこう歌いたかった」というものが、自然に体や呼吸に乗り移っていく。
そうやって、「うまく歌う人」から「上手い人」へ変わっていくのです。
呼吸法や発声法は、そのあとでいい
腹式呼吸はとても大切ですし、発声法ももちろん、大切です。
ミックスボイスや共鳴も必要です。
ただ、それらはすべて、この三層構造の上で使われてこそ意味を持つのです。
この構造がなければ、これらは身につかないか、身についても「なんちゃって」になりかねません。
逆に言えば、このバランスがあれば、自然に身についていくものなのです。
楽器とそのバランスがあるから、その演奏法が生まれる。
自分で見つけ出せるのです。
それが練習であり、表現の楽しさでもあります。
しかし、楽器やそのバランスが崩れていれば、呼吸法も発声法も、目的のない机上の方法論になりかねません。
そうすると、いい声や高い声を出すこと自体が目的となってしまいかねません。
いい声も高い声も、表現という目的の手段であるはず……。
これでは居酒屋でプロ野球中継を見ながら、
「もっと腰を入れて打て」
と言っているおじさんと同じです。
確かに、その通りかもしれない。
でも、私たちは腰を入れたところで打てません。
なぜなら、そういう構造の体を作っていないからです。
まとめ|歌を変えるのは、三つの力のバランス
最後にまとめです。
●第1層=楽器のフレーム(外から見える姿勢・構え)
●第2層=外から内へ圧縮する力
●第3層=内から外へ押し返す力
この三つのバランスが取れた時、呼吸・発声・音程・音色・表現は自然につながります。
逆に、このどれかが欠けたり、一方の力が勝ちすぎたり、拮抗が失われたりすると、声は苦しくなり、響きは失われ、音程は不安定になり、表現も生まれにくくなります。
だからこそ私は、発声法の前に、まずこの三層構造を大切にしたいのです。
今回は「歌」を中心にお話ししましたが、これは歌だけの話ではありません。
歌も、芝居も、朗読も、漫才も、表現が生まれる身体の仕組みは共通している。
私はそう考えています。
この三層のバランスが整うことで、声が自由になるだけでなく、ひらめきや想像力、瞬間的な反応も生まれやすくなる。
そして、その反応が、その人ならではの表現になっていくのです。
よく、漫才師の方がドラマに出たり、歌手が舞台をやったり、役者が歌ったりしますよね。
「マルチな才能」と言われますが、その根底には、こうした共通する身体の働きがあると考えれば、決して不思議なことではありません。
それを、今度は、皆さんが実践する番です。
今回の記事の内容や「体の楽器化」に興味を持たれた方は、ぜひ体験レッスンにお越しください。
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