声が苦しい。高い声が出ない。
うまく歌えない。
息が続かない。
声を出した瞬間に、なぜか喉が苦しくなる。
そんな時、多くの人が、
「正しい発声をしよう」
「せめて音程を合わせよう」
と、いろいろ試してみるけれど、うまくいかない。
そこで一つ遡って、声の前に、
「じゃあ、呼吸法からちゃんとやろう」
そして、腹式呼吸など、いろいろやってみる。
けれど、それでもうまくいかない。
そんな時は、もしかすると、もっと前に戻った方がいいのかもしれません。
でも、呼吸法よりももっと前って、一体なんでしょう?
声が生まれるまでに、何が必要なのか。
そして、うまくいかない時に、何段階、どこまで遡ればいいのか。
今回は、発声を「ヤカン(お湯を沸かす例のやつです)」に例えて考えてみましょう。
その全体像や優先順位も、今回の「取扱説明書」をお読みいただければ、意外とわかりやすく見えてきます。
発声を「ヤカン」に例えてみる
ヤカンのパーツを、それぞれ人間の体に置き換えて考えてみましょう。
本体=胸まわりの開き
フタ=喉から上の開き
水=吸気
本体+フタ+水がそろって、お湯を沸かす準備ができる。
=ヤカンが成立する。
=「体が楽器化」する → 表現をする準備ができる
火🔥=横隔膜を中心とした呼吸の働き
火によって水が温まり、ヤカン全体の形が保たれていることで、蒸気が簡単には逃げず、内側に圧が生まれる。
=呼吸が「圧縮」される
その結果、表現が始まる直前の、緊張感を持った静寂や「間」(別名オーラ)が生まれる。
注ぎ口から出る蒸気=呼気
=「込められた気持ちが溢れる」ことの具体化。
注ぎ口の笛=声帯
蒸気が笛を振動させて音が鳴るように、呼気が声帯の振動につながり、さらに体の開いた部分で響いて「声」になる。
=気持ちに声が乗る。
※もちろん、これは人体の仕組みをそのまま表した解剖学的な説明ではありません。発声の感覚や、声が生まれるまでの優先順位をわかりやすく考えるための「たとえ」です。
🎥 動画で見る|発声はヤカンに似ている!?
この「ヤカン発声」については、こちらの動画で実際に声を出しながら解説しています。
まず必要なのは「ヤカンそのもの」=体の楽器化
ここが、最も大切かつ、見落としがちなところです。
笛を鳴らしたいからといって、いきなり笛だけを何とかしようとしても、うまくいきません。
そもそも、
本体がなければ水を入れられない。
水がなければ蒸気は生まれない。
蒸気がなければ笛は鳴らない。
発声も同じです。
声を出す前に、まず「自然な表現の声が生まれることのできる体」が必要です。
私が「体の楽器化」と呼んでいるのは、この状態です。
私たちが使う声は、ピアノの音やギターの音のようなもの。
そもそも、ピアノやギターがなければ、練習のしようがありません。
声も同じように、体が楽器として成立していないと、どんなに正しい呼吸法や発声法を学んでも、なかなか身につきません。
楽器を用意すること。
基本練習以前の、最も大切な「基礎の基礎」と言えるでしょう。
人間という楽器は、誰か楽器職人が作ってくれたり、調律してくれたりするわけではありません。
自分自身で作り上げなければなりません。
そこが大変でもあり、最高に楽しいところでもあると思います。
「気持ちを込める」を身体で具体化すると
そしてヤカンに火が入り、水が温まっていく。
体の場合、ここで重要になるのが「圧縮」です。
圧縮=「気持ちを込める」ことの身体的な具体化です。
ただ「もっと気持ちを込めて!」と言われても、身体として何をすればいいのかわからないことがあります。
悲しい場面を歌う、あるいは演じる時。
頭の中で「悲しいこと」を思い浮かべても、体が反応しなければ、ただ「悲しいと思っているだけ」で、なかなか相手には伝わりません。
でも、
体が開き、そこに呼吸が入り、内側に圧が生まれる。
そして、その圧縮された呼吸が外へ溢れ出していく。
この流れで考えると、
「込める」→圧縮
「溢れる」→呼気(吐く息)
というように、気持ちと身体の働きがつながってきます。
そうした圧縮や呼気から、人は、その人の本気や気持ちを感じ取ります。
これができることで、単純な喜怒哀楽だけではなく、
やる気のなさや絶望のような、普通なら「何もしたくない」「力が出ない」といった状態さえ、身体をちゃんと使うことで、具体的に表現できるのです。
本当にやる気のない時や絶望した時、あるいは失恋のショックに打ちのめされている時なんかは、普通なら歌を歌おうなんて思いませんよね。
それかヤケクソ気味に歌うか…
でも、世の中には失恋の歌が山ほどあるんですよね。
つまり、本当なら歌う気力すらなくなるような状態を、歌の中では「表現」として再現しなければならないわけです。
そのためには、ただ「悲しい」と思うだけでは歌えない。
でも、身体の中で実際に反応を起こし、その反応を圧縮や呼吸へつなげていくことで、声として表現できるようになるのです。
「ヤカン発声」取扱上の注意
●絶対フタを取るな
フタを取れば、蒸気と圧が逃げてしまい、笛は鳴りにくくなります。
体で言えば、
浜渦メソッドでいう「喉から上の開き」が失われ、体の中に圧を保てないまま息が逃げてしまう状態。
すると、せっかく体全体で作っていた発声が崩れ、最後に喉だけで何とか声を作ろうとしてしまいます。
使用中はフタを取らないよう、お気をつけください。
●絶対、本体をひっくり返したり萎ませたりするな
ヤカンをひっくり返せば、水も蒸気もぶちまけてしまいます。
体でも同じように、
声を出した瞬間に体が縮んだり、せっかく作った呼吸を一気に吐き出してしまったりすると、
「呼吸までは良かったのに、声を出した途端にダメになる」
ということが起こります。
レッスンでも、
「歌う直前までは良かったのに」
「喋る直前までは良かったのに」
ということは、本当にあります。
人間の場合は、この本体自体にも、ある程度の柔軟性があります。
これが他の楽器では、あまり見られないところです。
ひっくり返したり萎ませたりしてはいけませんが、カチカチになってしまってもダメです。
つまり、
ひっくり返したり、萎ませたりしない力=体幹
その中で柔軟性を保つ=脱力
と言えるでしょう。
この脱力の仕方については、応用編の動画などを作成する際に、また実践を交えて解説したいと思います。
体幹+柔軟性=自由な歌唱・演技を生み出す。
●注ぎ口を塞いで蒸気を止めるな
注ぎ口を塞いでしまえば、蒸気の逃げ場がなくなります。
もちろん笛も鳴りません。
もう、ヤカンとしては破綻寸前です。
(あるいは、圧力鍋が爆発寸前!?)
体で言えば、
息を塞いだまま、声だけを出そうとする状態。
そうなると、声が詰まりまくるか、声を出した瞬間にフタが吹き飛んで、一気に息が抜けたり、咳き込んだりすることもあります。
そして一度ここで大きく崩れると、その曲の途中で立て直すのが難しくなることがあります。
蒸気が出ていないのに、笛は鳴りません。
しかし私たちは、焦ったり、ちゃんと声を出そうとしすぎたりすると、
「息は出ていないのに、声は出そうとする」
という、矛盾した状態に陥りがちなのです。
ここまで考えると「発声の優先順位」が見えてくる
笛は、蒸気が出ている間しか鳴りません。
蒸気は、水が温まらなければ出ません。
水は、そもそもヤカンの本体がなければ入れておけません。
つまり、発声を遡って考えると、
①体の楽器化
↓
②体の圧縮
↓
③呼吸
↓
④声・言葉
↓
⑤音程・楽譜上のリズム・音量等
という順番になります。
ところが、声が苦しくなるほど、私たちはこの逆から何とかしようとします。
「せめて音程を」
「せめてちゃんとした声を」
「そのために呼吸法を」
でも、そこで止まらず、
さらに前へ遡ってみる。
「せめて楽器にはなってやろう」
「たとえ下手でも、圧縮して、表現だけはしてやろう」
そうやって、一つ一つステップを踏めるのです。
ここで扱う「リズム」について
ここで「楽譜上のリズム」とわざわざ書いたのには理由があります。
私がレッスンで使う「リズム」という言葉には、実は少なくとも二つの意味があります。
圧縮のリズム
=身体内部で起きる、圧縮・解放・強弱・間の連続
自分のリズム
=その人固有の圧縮のリズムや、反応・行動の流れ
楽譜上のリズム
=音価、休符、三連符、シンコペーションなど、楽曲として与えられたリズム
この二つは大いに関係していますが、同じものではありません。
まず身体の中に「自分のリズム」があり、
それを楽譜上のリズムとシンクロさせていく。
こうして曲が自分のものになっていくのです。
逆に、楽譜上のリズムを見た瞬間に自分の身体のリズムを捨ててしまうと、
歌が急に「曲の言いなり」になってしまいます。
うまくいかなければ、一つ前へ戻ってみる
発声がうまくいかない
→ 呼吸へ戻る
呼吸がうまくいかない
→ 圧縮へ戻る
圧縮がうまくいかない
→ そもそも体がちゃんと楽器化できているかへ戻る
うまくいかない場所だけを、必死に直そうとしない。
その場では何とかなっても、それだけでは根本的な解決にならないことがあります。
ひとつ前へ。
さらに、その前へ。
すると、
「発声が悪いと思っていたけれど、実は呼吸だった」
「呼吸の問題だと思っていたけれど、その前の体の使い方だった」
ということが見えてくることがあります。
持ち声に透明感があっても、ハスキーであっても、
ちゃんと「体の楽器化」からつながっていれば、どれもその人だけの、味のある声として成立するのです。
声そのものより「声が生まれるまで」を見る
もちろん、音程も発音も声量も大切です。
でも、それらは一番最後に現れるものでもあります。
だから、そこで問題が起きた時ほど、
声そのものだけを見るのではなく、「その声が生まれるまでに何が起きていたか」を遡ってみる。
発声をヤカンに例えてみると、その順番が少し見えやすくなるのではないでしょうか。
声が苦しい時ほど、声だけを何とかしようとしない。
もっと前に戻ってみる。
そこに、思いがけない突破口があるかもしれません。
関連記事
今回の「体の楽器化」については、こちらの記事でも詳しく書いています。
【体の楽器化と息のポジション②】「息を吸う」と「息が入る」の両立〜響きや感情を生み出す体の楽器化と息ポジションの第一歩

「圧縮」「吐く」「飲む」といった呼吸の話はこちら。
【体の楽器化と息のポジション③】「吐く」と「飲む」で生まれる、強い呼吸と自由な声

