ボイストレーナーの浜渦です。
声楽やポップス、ロック、ミュージカルなどの西洋由来のボーカルや演劇と、日本の「お経や民謡」の腹式呼吸・発声は、実はちょっと違います。どちらも同じ腹式呼吸と名はついていますが、目的も主に使う場所も、重心の位置も違います。
民謡やお経は、民族や宗派の誇りを守り、己を捨て去るところに第一義があるのではないでしょうか?
この時点で目的が少し違うのです。個人は後回し。素晴らしい部分であり、今日の歌を歌うには足かせになる部分でもあります。
本稿では、日本的発声と西洋的発声のそもそもの目的の違い、体の使い方・呼吸法の違いについて、詳しく解説します。多くの方がお経や民謡に適した呼吸法で、ロックやポップスや声楽をやる傾向にあります。もちろんその逆もあります。西洋的な発声で、日本の民謡を歌うのはきびしいでしょう。本当に上達したい方、個性を発揮したいと思われる方にはぜひお読みくださいね。
「ありのまま」に歌うとは。歌うときのたった一つの「決まりごと」
表現のたった一つの決まり
歌う時のたった一つの決まりごと(掟)とは…
声はこのルールのみ守ればよいのです。これを守れば、表現用腹式呼吸が自動的に始まります。どんなひとでも、さまざまな音域でさまざまな自由な表現ができるようになるのです。ここでいうルールとは、自然界の掟・摂理であって、人為的に作られたものではありません。
一般の腹式呼吸と「西洋由来の表現用腹式呼吸」の違い
失敗は成功の元?
このルールさえ守れば、たとえガラガラっとなったり、声が裏返っても、それは表現として受け入れられるわけです。つまり、失敗したはずが、相手に受け入れられるわけです。
たったひとつのルール…なんていうけど、歌にルールなんかあるのかしら?自由に歌っていいんじゃないの?
もちろん、自由に歌うのですよ!このルールは自由に歌うための唯一守らねばならないルールです。
自由に歌うために守らねばならないルール?わかるようなわからないような。
このルールは人間が決めたものではありません。動物が本来持つ「例えば熱いやかんを触ったら思わずのけぞって手を離す」といったような、自然界の掟、ルールなのです。
浜渦さんのいうルールって「頭で決めたものでなくて、思わずやってしまう反応」と言えるのかしら?
その通りです!!歌で使う腹式呼吸や、共鳴などというものは、実は、そもそもこの自然な反応があって初めて成り立ちます。
腹式呼吸やミックスボイスができるようになるとうまくなるって聞いてたけど
それははっきりいってまやかしです。「自然な反応」を再現できる身体を作ると、それらのテクニックはそれこそ自然に身につきます。自然な体の使い方なしに、テクニックを先に入れると…
テクニックばかり先にやると…どうなるのかしら?
うまくやろうとした人間に「ありのまま」は永遠に訪れない
…たとえ高い声が出ても、ただ出ているだけ、うまくなっても感動はナシ…というようなことになってしまいます。これは私自身も経験して、あとあと大変な目に会いました…。そもそも歌うとはどういうことかを忘れていたんですね。
人が感じる「上手い」の2つの意味「自由・感動」と「人為的テクニック・正しさ」
人は歌を聞いたとき、
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歌い手の「感動が声や呼吸から伝わったのを指して」の上手い
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「人為的なビブラートや共鳴などのテクニックを使って上手く聞こえさせる意味」また「絶対音感的音程の良さ発音の正しさなど」を合わせた上手い
この二つの意味の上手さを聞き分けます。前者は個人の自由さ、後者は後付けのルールと言えるでしょうか。
しかし、どちらが大切というわけではなく、両方が必要となります。一般に西洋から入ってきた音楽(声楽、ポップス、ロック、ジャズ、童謡・唱歌等々)はまず、歌い手の感動を出し切ってそのあとに、後者がなければ成立しません。
なぜ「感動の表現>テクニック・正しさ」なのか、日本的発声と西洋的発声のそもそもの違い
では、なぜ「感動表現>テクニック・正しさ」なのでしょう。それはそもそも、個人を誇るのが西洋由来の音楽の基本だからです。
個人の自由か、個人は後回しか
個人の自由な反応があって(つまりこれを感じるという)それを最優先します(それだけだと極めて前衛芸術的になります)。それを超えない程度に秩序(音楽的要素)を加えるのです。
逆に、日本の民謡や、お経など「民族」や「宗派」を誇るもの(歌舞伎や日本古来の芝居などもそうでしょう)、つまり伝統芸能的な部類に入るものは、秩序や、民族、仲間が先にあって、個人は後回し。これは発声に如実に現れます。いかにも日本的で、この奥ゆかしさはすばらしいものです。しかし、個人表現には足かせとなりかねません。
西洋の呼吸と、日本の伝統的呼吸の違い「ポジションと呼吸音に注意」
もうお気づきかもしれませんが、西洋由来の音楽や演劇の発声時と、日本の伝統的音楽等の発声時では、喉の開き方、腹式呼吸でもポジションがかなり違います。
前者(西洋)は背中側腰回りを上へ持ち上げる様に開きます。なぜなら、人間は驚いたり、感動すると、反射的にそうなるからです。それを再現するのです。呼吸音はクリアかつ広がった感じです。結果基本的にファルセット優先の発声となります。私たちが目指すのは基本こちらです。オリジナリティあふれる感動を体に宿して声で表すことです。
一方の、日本的発声は、喉の奥を狭めてかぶせる感じであり、背中側よりも丹田に向かって押し出す様に息を吐き出します。呼吸音は奥行きはあるが、少し狭まった感じになり、基本地声発声です。ただし、お坊さんや民謡等の生徒さんにはこちらを中心にお教えします。
このように書くいてきましたが「どっちも上手く混ぜれば良いのでは!?」と思った方、大正解です。今の時代本当に自由に個性を生かして歌うべきだと思っています。
日本的腹式呼吸で西洋的発声をする危険!!
日本的腹式呼吸で日本の歌や伝統表現をするのは、素晴らしいことですが、そのままオペラやロックを歌うのはナンセンスです。目的が違うわけです。しかし、日本の声楽界では、民謡発声が混じったテノール歌手が結構いらっしゃいます。音域が出やすいので、ついつい手が出てしまうのですが…。
しかし、また危険なのが、呼吸法は日本的なのに、発声は西洋的なものを目指すことです。これは大変危険です。音域はいつまでも伸びず、でもなんとなくこけ脅し的ないい声がでてしまうので、いつまでたっても抜け出せないといった危険ばかりか、最悪、喉を壊してしまいます。
それをミックスボイス、ミドルボイス、共鳴などというテクニック先行で補ってはなりません。これらのテクニックは、そもそも、自由な表現の反応からうまれるものです。言葉に惑わされずに感動の呼吸とは何か、反応とは何かを追求しましょう。
レッスンでは、その自由で自然な反応・表現としての声と呼吸をお渡ししています。これだけで歌は飛躍的に上手くなり「本当は自分はこういう風に歌いたかったのか!」というものが見つかるのです。
浜渦ボイトレメソッドについて
浜渦メソッドは、これまでのボイストレーニングや声楽レッスンの問題点を解決したボイトレメソッドです。誰もが「自然な感動を再現」するための体と呼吸と声のバランスを知ること(体の楽器化)で才能に関係なく上達します。面白いことですが、本来、横隔膜(腹式呼吸)は胸回りを感動を生み出す楽器の状態を維持するために自然に動き出すものなのです。そして声帯はあらゆる方向に意識したままに動いてくれるようになるのです。
プロアマ問わず、ポップス、声楽、ナレーション、俳優、声優、ジャズボーカル他、お坊さんも通われています。声楽専門、ポップス専門の方が安心と思われるかもしれませんが、全ては体を使った声の表現です。私もかつては出身である、声楽専門でしたが、人が全身を使い切って、体と喉を開いて、自由に表現することに変わりはありません。
逆に、先にジャンルありきですと、ジャンルの声を優先して、体の使い方を覚えないまま、呼吸法や発声法にとらわれて、結果として「声楽風」「ジャズっぽい」「プロっぽい」といった、言葉は悪いですが、フェイクに向かってしまう危険があります。つまり、たとえ上手くても偽物の一流になる危険があるのです。
自分の思いや民族の誇りを「伝える」ためには、思いを宿すことができる体の使い方「体の楽器化」が必要です。そこにジャンルは関係ないのです。
声楽、ポップス、ジャズ…笑い方、演技、驚き方、民謡や、本当の自然なレガートとは何か、呼吸と声で物語を紡ぐ方法、間(ま)の作り方まで、どなたにでもご納得いただける解説、「何を・なぜ・どのように」お答えし、マネのできる見本、実生活から得られるヒントなど、これまでにない、本質のレッスンをお届けします。
あなたの体が、感動を生み出す楽器になったとき「本当はこんな歌が歌いたかったんだ」「今度は違うジャンルを歌ってみよう」「演劇にチャレンジしてみよう」と、その可能性はもっともっと広がることでしょう。皆さんとお会いできる日を楽しみにしております。
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