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現代ボイトレが見落とす『体腔共鳴』と息のポジション 〜一見非効率な体の使い方が生む表現力〜

上達のアドバイス

「発声の効率」を追い求めた結果、声は出しやすくなり……そして、つまらなくなった。

ボイトレに取り組んだり、レッスンや養成所で練習を重ねたりした結果、そうなってしまうひとは、意外なほど多いのです、それでは本末転倒ですよね。

そこで一度、視点を変えてみてほしいのです。
「効率的な発声」と「心に届く声」は、少しだけ別の場所にあるのではないか? と。

先日、声優の生徒さんから、無事に歌収録が終わったと嬉しい連絡をいただきました。
大変うまくいったようで、現場のディレクターさんからも、「声質は明るく抜けが良いのに、胸の響き(チェストボイス)がしっかり鳴っている」と、非常に好評だったとのこと…本当にうれしい報告です。

直前のレッスンで、本番で何も考えずに自由に表現できるようアドバイスさせていただいた、
息を「吸う」と「入れる」の両立から生まれる「息のポジション」と豊かな共鳴について解説します。

「息のポジションをこうして作れ」それだけで大丈夫

■ お伝えした「本番前に、これだけ意識してください」

息を「吸う」「入る」、そして息を「吐く」「飲む」…この違いを理解し、両立する。
これで息のポジションと、そこから生まれる響きの距離感感情の方向性を生み出す用意ができる。
あとは勝手に音楽が動く。それが自由に歌うということ。

息のポジション、この「吸う」と「入る」、「吐く」と「飲む」のバランスの中心が胸骨くらいに来るのが理想です。(文章や動画では表しにくいですが、レッスンではわかりやすく解説しつつ、実践でお見せし、みなさんにも体得していただきます)

息のポジションだけ作っておけば、あとは現場で自由に解き放つだけ。
そのアドバイス通りに本番に臨んでくれたそうです。

「ポジション大切ですね。胸にある思いを、そのままの声で届けていきたいです。」

後から届いたその言葉に、報われました。
レッスンさせていただいてよかったなあと。

現代のボイトレが見落としがちな「体腔共鳴」

最近のボイストレーニングの現場では、胸周りの響き(体腔共鳴)を伴わせ、頭のてっぺんから前後左右へとスケール感を持って声を自由に描ける人が、プロの世界であっても減っているように感じます。
ディレクターさんが評価してくださったのも、まさにその「深さ」の部分だったと思います。

実は、胸周りの響きと鼻や口腔内の響きを両立させるのは、発声の効率だけを見れば「非効率」なことです。高音を出す、あるいはミックスボイスを作るという点だけに絞れば、上の方の響きだけで浅くまとめた方が遥かにラクだからです。

あとは声色をちょいちょいと足せば、一応は出来上がりです。
この状況は、特に声優界では顕著です。あと意外なところでは声楽界でしょうか。

でも、人間って本来とても効率の悪い生き物なんですよね。
息の圧力を増やすことで生まれる深みや、遠回りの中にこそ表現の幅が生まれ、聴く人の心を揺さぶる感動が宿ります。

息のポジションが与える「表現のスケール感」

ファルセット(裏声)は本来胸は鳴りません。地声は鼻腔共鳴があれば鳴らせます。
しかし、たとえファルセットであっても、胸に圧力があるかどうかは、感動の量として伝わってしまいます。
それは、立派な声や声の通りや発声テクニックだけでは到底補えないのです。

囁き声で、大した声でもないけど、すごい圧力や、感動を与えられる人の秘密はここにあります。
だから、そのすごい人の声を真似しても仕方がない…その声が生まれている体のシステムこそ大切なのです。

そのシステムを皆さんが手に入れた時、憧れていた歌手や声優、俳優さんとは違う自分だけの声や表現が身につくのです。

息のポジションが作るマジック

実は、胸に息のポジションがあることで、たとえファルセットでも、胸が鳴っているような(チェストボイス)感覚を与えることがあります。
おそらく、ディレクターさんもそう感じたのだと、私は推測しています。

動画や音声では伝わらないこの「空気の密度」や「空間の拡がり」を、現場で一瞬にして成立させた生徒さんの感性にも脱帽です。

そして地声では豊かに自由に、胸や鼻の響きを行き来できるし、裏声と地声の継ぎ目もなくなります。

目指すは「ボイストレーナーなんて職業がなくなる日」

ここに書いたことは、多くの生徒さんに、今後も育てていってほしい部分です。
いや、全人類に作っていってほしい部分です。
しかも誰だってできる。才能なんて関係ない。

そんな誤魔化しのない表現力のある人で溢れたら、世の中楽しいじゃないですか。

そうすればボイストレーナーなんて職業は必要なくなります(笑)
次は、歌手と一般人の境界がなくなるでしょうか。

我々は、売らんかなではダメなんです。
「プロが教える」とか「ミックスボイスでキミも歌ウマに」
なんて、キャッチーな言葉で巣食っていてはだめなんですよ。

目指すは「ゴール」ではなく「スタートライン」

昔の声楽レッスンや、ボイトレは、息のポジションや体の楽器化を、「見て盗め」「気持ちが足らん」というような指導(と言えるのか)や、「響きを集めろ」「息の支えをしっかり」というような、何をどうすればが欠落した指導が主流でした。

一方、現代ボイトレはその、伝えるのが難しい部分を削ぎ落とし、手っ取り早くそれっぽく歌えるシステムが主流です。スケールを小さくした分、早くゴールに着く。教える側も教わる側も楽で、すぐに満足が得られます。

タイパ重視としては正解かもしれません。
しかし「それっぽさ」に慣れ、自分だけの表現を見失い、誰だかわからない上手さに収まってしまうとしたら……。

そうなってから困って、最後のつもりで私のところへ来てくださる生徒さんもいます。

もちろん「高い声を出したい」「カラオケで恥をかきたくない」「養成所でわかりやすい結果が欲しい」という気持ちは痛いほどわかります。

しかし、やはり私は「なんのための表現か?」という本質に立ち返りたいのです。
ただなんとなく上手いだけの歌より、「下手でも、もう一度聞きたい」と思わせる歌を目指してほしい。

でも、心配しないでください。そう思える人は必ず上手くなります。
なぜなら、そこはゴールではなく、スタートラインだからです。

「見て盗め」という精神論ではなく、生徒一人ひとりの骨格や癖に向き合い、「自分だけの楽器」を作り上げる本質的な基礎を論理的にガイドする。
そこまで行けば「こう歌おう」と気負わなくても、表現したいものがスルスルと溢れ出す。声を出すのではなく、勝手に出てくる。勝手に良い表現になる。

これこそが、本当のボイストレーニングの進化であると、私は信じています。

次回:息を「吸う」と「入る」の解剖学と表現論

さて、息を「吸う」と「入る」の違いとは具体的に何でしょうか?
なぜその2つが両立すると、息のポジションが決まり、響きや感情の方向性を自由に生み出せるのでしょうか?

さらに声帯も外は開き、内は閉じることで薄く伸び、自由に豊かに振動し、息漏れもなくなります。それはなぜか?

ボイトレ界で永遠に迷走されがちな「喉を開けろ!」「喉を開くな!」のパラドックス(矛盾)の正体も、この違いから一気に解決します。
次回、詳しく解説いたします。お楽しみに!

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