ボイストレーナーの浜渦です。
「昨日できていた発声が今日できない!」
「昨日はあんなに楽に歌えたのに今日は苦しい」
「なぜだ!?昨日と同じことをやっている筈なのに」
そんなことを思ったことはありませんか。そして「きっと今日はやり方を間違っているんだ」とか「昨日のは偶然だ」などといってあれこれ違うことをやってスランプに陥っていくことがよくあります。今日は、そんな時に「あせらない」ためにまず考えて欲しいことを書きたいと思います。長く楽しんで、あせらずマイペースで練習を続けていくためのアドバイスです。
体という楽器の調子は驚くほど毎日変わる
当然ですが、私たちの体調は、毎日変わります。どんなに体調管理ができていても、全く同じ体調が毎日続くことはあり得ないでしょう。
声を楽器の音色として出す人間は、演奏者と楽器がどちらも生身であり、演奏者自身が楽器も兼ねています。つまり、声は人間の体全体という楽器で出すわけです。生身であるがゆえに、毎日練習して体を鍛えていても、メンタルひとつでバランスがバラバラになる危険を孕んでいます。
大げさに言えば、体はちょっと気を抜いたり、気分が落ち込んだ日には、鍵盤とハンマーと弦とフレーム本体がバラバラになったピアノのようになってしまうわけです。
私たち自身が楽器であり楽器職人であり調律師であり演奏者でもある
私たちは、演奏者であるだけでなく、楽器職人でもあり、調律師でもあるわけです。しかも交換パーツはありません。自分の体を楽器に改造しながら、壊れないように、そして衰えないようにメンテナンスし続けなければなりません。楽器があって初めて演奏者になれるわけですから、演奏技術だけを求めてもなかなか上達しません。ここを気をつけないと、練習は嘘をついてしまいかねません。
メンテナンスしなければならないのは他の楽器も同じですが、人間は、楽器が内蔵されているために、自分自身を客観的に見るのが難しいように、体のバランスや状態を正確に見抜くことが大変難しいのです。たとえ見抜けたとしても、体調やメンタルを急に良くしたりすることはできません。また誰かに楽器を預けて、修理してもらうこともできません。
楽器(体)の調子に影響を及ぼすもの
どんなに毎日楽器である体を鍛え、練習を重ねて技術を得ても、睡眠時間・気温・湿度・食べた量・運動した量などの影響が今すぐ出たり、次の日に出たり、数日後に出たり、その不安定さは、他の楽器の比ではないでしょう。
ピアノやヴァイオリン、ギターやトランペットなども、当然演奏者のメンタルや体調は、演奏にもろに影響しますが、楽器自体はメンテナンスは必要にせよ、体ほどバラバラになったりはしないでしょう。
この不安定さが「昨日できていたことが今日できない」大きな原因となっているのです。
焦らないために「今日の自分の上限値(何点が満点か)」を見ぬこう
私たち人間という楽器は刻々とそのパフォーマンス上限値が変わります。どういうことかといいますと、たとえば「100点を取ると満点になるテスト」と「テストで100点をとること」は全く別のことですよね。「100点満点中80点を取ること」と「80点満点中80点」を取ることも、同じ80点でも意味は大きく違います。つまり「何点で満点」か、その中で「実際何点取ったのか」は分けて考えなくてはなりません。
これは人間自身という楽器においても同じことが言えるのです。
前述の通り、私たちは気温や湿度といった気象条件や、財布をなくしたとか、遅刻をしたとか、人間関係の悩みなど、あらゆることが体という楽器自身に影響します。楽器が自分自身に内蔵されていることがあせりを増幅させます。自分自身が楽器であり、楽器職人でもあるために、だれのせいにもできないということも大きいでしょう。
…ちなみに私、大昔に、テストで100点を取って喜んでいたところ、なんと「108点満点」と聞かされ、愕然としたことがあります。つまり100点/108満点だったわけです。よく見るとバツにされている問題が数問ありました…
「自分を観察しよう」体の上限値は毎日変わる
例えば「昨日の歌は自己採点で80点だった」としましょう。しかし、それは「何点満点中」だったでしょうか。「100点満点中80点だった」のか「80点満点中80点だった」のか「200点満点中80点」だったのかでは大きく意味は変わりますよね。
仮に昨日は「80点満点中80点」だったとしたら、たとえ80点でも、その「やりきった」満足感は相当なものでしょう。ところが、今日は自分では勝手に昨日と同じくらいのつもりでいても、知らず知らずのうちに疲れていたり、睡眠不足などで、パフォーマンスの上限値が70点満点に下がっている可能性も大いにあるわけです。
いや、睡眠もよく取れていて、適度に運動もして、本人は疲れていないつもりでも、脱水症状やメンタルの低下で体が重くなり、パフォーマンスの上限値が下がることはよくあるのです。それが人間というものでしょう。
人間は進化を求めますから、どうしても「昨日は80点取れていたから、今日は最低でも80点、できれば100点まで行こうと思ったのに!」と焦ってしまいがちですが、今日の上限がそもそも70点で昨日と違うわけですから、100点どころか80点も絶対に取れません。つまりあせっても無駄なわけです。
昨日が100点満点中80点なら、今日は50点満点だから…「40点取れればいいや」という感覚が大切です。つまり上限値の「何パーセント」取れたかが重要なのです。
これは年齢を重ねるほど、その影響は大きく出る可能性が高いでしょう。特に体の変化や環境の変化が大きい世代や立場になるとますますその影響は大きくなります。
こう考えると、実際何点取れるかが演奏のパフォーマンスに大きく影響する一方、安定した上限値をキープすることも大切になってくるわけです。
コンスタントに上限のレベルを安定させる努力と、その中で何パーセントのことができるかという努力は別物なのです。
上限値(満点)をあげて安定させる努力と点数を取る努力
さて、文章で書くと、ちょっとややこしい話でしたので、まとめますと・・・
その日の上限値=満点が何点か
結果=実際の点数
満点である上限値は睡眠や運動や食事など、またメンタルを保つ努力(例えば座禅や瞑想もそうでしょう)がもたらすもの。つまり、毎日の生活そのもので上げていきます。上限値をあげる行為としてもう一つとても大切なことがあります。自分の体を楽器として扱い、楽器として鍛え上げていくことです。パフォーマンスの上限値をあげることは、可能性を増やす行為でもあります。
また、結果としての点数は具体的な歌唱・発声練習や研究で上げていくことになるでしょう。
もちろん性格や体格他、個人の特性にもよりますが、一般的には年齢が上がるにつれ、前者が大切になります。
この二つを合わせて考えられるようになれば、きっとみなさんは、長く楽しんで、あせらずマイペースで練習ができるようになるでしょう。
常に80点を取る努力よりも、常に80%を取る努力をすること。一方で、常に満点が100点になる努力を。決して満点が80点の日に100点を取る努力をしてはいけないのです。
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