ボイストレーナーの浜渦です。
ブレイクスルーとは「飛躍的な進歩」や「行き詰まりを打破すること」「これまで障壁となっていたものを突破すること」というような意味で使われますが、発声のブレイクスルーを起こすにはどうすれば良いでしょうか。
これはボイストレーニングの大きな目的でもあります。発声法や呼吸法をマスターすれば起きるのでしょうか。体を鍛えればそれは訪れるのでしょうか。
発声のブレイクスルーは「思いもよらぬ声」から
「思いもよらぬ声」といえば、どんな声を想像するでしょうか。急におどかされた時の驚きの声や、何かを発見した時のひらめきの声、ジェットコースターの急降下の時にあげる悲鳴・絶叫…そんな時に出る声は「日常的ではあっても、自分の意識を超える何か」が起こった時に出るですよね。
そんな思いもよらぬ声に発声の本質、歌の自然さのヒントがあります。よくよく考えれば、今の自分より進化した声、ブレイクスルーを生み出したいのに、変な言い方ですが「思いもよる声」を出していては、それは難しいのは当たり前です。ブレイクスルーは、今の自分の想像外にあると考えた方が自然な考えでしょう。
「意識するな」は不可能?
発声に行き詰まっている時に「意識するからうまくいかないんだ」なんてよく言われたりしますし、本人も意識はしたくはないのですが、はっきり言って、それは不可能とは言わないまでも、相当難しいと言わざるを得ません。
「意識するな」なんて言われたら「ますます意識してしまう」というのが人間というものでしょう。リラックスしろと言われれば言われるほどリラックスできず、力を抜こうとすること自体がほんの少しの余計な力につながっていく。「意識する」ことの一番の弊害は「余計な力が入ること」や「息を止めてしまうこと」ですよね。
では、どうすれば意識せずにすむのでしょう。
余計な力が入る前に勢いのある呼吸で声を出してしまおう
実は余計な意識を「外す」には「余計な意識をしなくても大丈夫なんだ」という実体験をするのが一番です。逆にいえば、その体験をしない限り、ずっと意識し続けてしまうでしょう。では、実際どうすれば良いのでしょう。私がレッスンで実践していることをご紹介します。それはズバリ…
意識してしまう前に声を出す!です。
…そ、そんなことできるの💦
もちろんできます。だって驚いた時はできるじゃないですか
そ、それはそうだけど、あれは驚いたからできるのであって…
ならば、驚いた時に体の中で何が起こっているかを再現しちゃえばいいんですよ♪具体的にいえば『体に余計な力が入る前に体の中で起こる呼吸の勢いを再現して声を出す』のです。
それがじょうずなのが動物たちです。
練習方法の例
わかりやすいのは「モノマネ」「形態模写」だと思います。実際レッスンで実践しているわかりやすいものをご紹介します。
犬の吠え声
動物の鳴き声はよく猫のモノマネが使われますが、猫のモノマネは発声には良いのですが、ブレイクスルーという意味では弱いです。勢いのあるものを選びましょう。オススメは犬。そして九官鳥などです。
- まずアゴを緩めます。顎関節を緩めるのですが、奥歯で何かを噛んでいるような感覚(よく「割り箸を噛む」なんてやりますよね。犬が骨にかぶりついているような感じや、焼き鳥を真横からかじりつくイメージを持つのも良いでしょう)
- ほんの少し受け口気味にします。少し犬歯がむき出しになるように(焼き鳥の串を横からかぶりつく感じの口)して、口は大きくは開けず、上下の歯の間は5mm程度で
- ちょっと驚いた表情を作りながら息をゆっくり吸います。
- 1~4を保ちつつ、一気に吠える(最初はなるべく裏声で)
正拳突き
私は空手はやったことはないのですが(柔道はかじってました…)、これはかなり有効だと思います。未経験者にもっと簡単にえば「北斗の拳のアタタタタ…」という、神谷明さんの勢いを思い出しましょう。
- 顎を緩めます。前項の犬の吠え声と同じです
- ほんの少し受け口気味で犬歯を少し見せます。ここは犬と同じですね。イメージとしては、表現が不適切かもしれませんが、入れ歯が外れたような感じといいますか、滑舌がとても曖昧な状態です。
- ちょっと驚いた表情を作りながら息をゆっくり吸います。
- 拳を勢いよく見えない壁に突くと同時に「ハッ」または「ハイッ」などの掛け声を出します。犬の吠え声の時よりは、少し大きめに口を開けてやっても良いです。
なるべく最初は裏声で。拳を左右順番に出しながら「ハイッ」「ハイッ」「ハイッ」「ハイッ」とやってみましょう。下のあごだけをすばやく柔らかく動かすイメージで。
犬も、正拳突きも、決めた表情のまま変えない(目もつぶらない)、音程は決めないこと、そして思いもよらない声が出ているかがポイントです。音程を先に「この音」と決めてしまうと、余計な力が入ってしまいます。
さらにこの「吠え声」と「正拳突きを」一緒にやってみましょう!…ちょっと文章ではわかりづらいという方のために、YouTubeか近々始める予定のツイキャスでお見せしたいと思います。
意識を超える呼吸と声は「自然」さを生み出す
犬の真似も、正拳突きも、うまくいくと「勢いのある音程感覚のない声」がでます。これが思いもよらぬ声の正体です。意識してしまうということは、出す声を先に想定しまっているということでもあるのです。
意識すると声に鍵盤が見えてしまうわけです。つまり本来吠え声にや掛け声にあるはずのない「ある一定の音程」がついてしまうのです。つまり、不自然な声になります。
実は、この音程感覚のない声…経験の長い人や楽譜が強い人ほど苦手な傾向にあります!音程は、最初のうちは、この音程感覚のない声に「呼吸の勢い『だけ』を調節」することで、つけていきましょう。
繰り返しますが、大切なのは呼吸の勢いです。呼吸の勢いはポンッという「勢い」であって、たくさんの量でもなければ、ハーッっと一生懸命息を吐くのでもありません。
この自然な勢いの「裏声で出す吠え(前に出す力)」に「詰めるくらいの地声(踏ん張る力)」を混ぜようとすると、最初はガラガラっとした声が出たりしますが、きちんとできていれば、傷めることはありません。それがだんだん綺麗に混ざる(ミックスボイス)と、人間という動物として、もっとも豊かな響きとボリューム感のある声が出るようになります。(実はウイスパーボイスも、シャウトもすべて、この勢いをつけた状態を維持したまま出します。)この辺りはまたの機会に。
さて、意識する前に思いきり勢いで出すことで、あご周りの骨や歯も自然に鳴らすことができるようになります。ここまでできればもう大丈夫です。あなたはきっと・・・
実際レッスンで、意識する必要なないことを知った生徒さんは「新境地を迎えた気分!」「こんな声出るの!?」「私じゃないみたい」と驚かれます。これこそひとつのブレイクスルーではないでしょうか。
両方とも体も喉も自然に「無意識に」開いている状態です。
この感覚はクリエイティブなことをする人、したい人にはなにより大切だと思います。
発声法・呼吸法は十分条件ではない
ここまで書いたことは、いわゆる正しい発声法や正しい呼吸法を研究し、一生懸命やっただけでは獲得できるものではありません。
「正しいやり方」は大切ですが、自然な声に正しいというものはないのです。
むしろ、意識を超える勢いのある呼吸で声を出せるようになった時、何が正しい発声法で、どんな呼吸が必要で、どこのどんな筋肉を鍛えれば良いのか、どんなストレッチをすれば良いのかが見えてくることでしょう。いえ、半分もう見えているはずです。
発声法や呼吸法はもともと、素晴らしい自然な声を分析した『後付けのもの』であるという認識を持って取り組んでくださいね。
何十年発声や呼吸を研究しても、それは、歌の自由さとは本質的には関係がない(もちろん手助けにはなるけれど)。本質から正しさが確立されたとしても、正しさからは本質は生まれない。
ここボイストレーナーは特に要注意なんです。正しさを教えて芽を摘むようなマネをするのはあまりにも大罪。
— ボイストレーナー浜渦弘志 (@h_hamauzu) March 11, 2020
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