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The Voice Trainer「私が伝えたいもの・私にしか伝えられないもの」

浜渦メソッドについて
僕がレッスンでお伝えしたいのは人間はこんな風にできている、だからこんなことができるというごくごく当たり前の、だけど多くの人が失ってしまったもの…。
胡散臭いスピリチュアルなものでもなければ、学問化した陳腐な芸術論や形を追う音楽のレッスンでもない。ただの自然現象。人間という生き物としての自然現象。
それがわかれば才能なんて関係なく全ての人が本物の表現者になれる。それは当たり前のことなのだ。

しかしそれを言語化して教えられる人間はこれまでいなかった。これを伝えることは実は並大抵のことではないのだ。精神論的な話にしてしまうか、人間はこんな風にできていることを理解しなくても瞬時にできた気になるような(ということは本当はニセモノ)ものにするとウケやすいし、教える方も非常に楽だ。でもそんなものは偽物だ。

…さて、すでに偉そうなことを書いてますが、ここからはさらに、自分勝手の自画自賛。でも結構本気で思って書いているから、同業者や一般の人が見たら「なんだこの鼻持ちならない自信家ボイストレーナーは!!」と、あっという間にページを閉じられてしまうかも知れません。いえ、自信など微塵もありません。でも自信がないが故にたどり着いた偽りない気持ちと、表現の本質について、今日は(も)つつみなく隠さずお伝えします。

ですます調になったり、紋切り型になったり、この辺りもお許し下さい。でもきっとヒントはあると思います。

人間の観察と反応を再現する日々

「人間がこんなふうにできていて、だからこんなことができる」それを伝えるためには、私自身が、日々人間の行動を研究し、人がどんな時にどんな反応をするのかを観察し続けなければならない。そうすることでようやく「人はこんな風にできている」がまず私自身が理解できるからだ。自分が理解できていないもの、実践できていないものを生徒さんに伝えられるわけがない。理解できて実践できていてもそれが人生の役に立たないものは意味がない。

だって…「ほら僕を見てごらん、楽しそうでしょ?ワクワクとその空気感が伝わるでしょう?しかもそれを自分の意思と体で一から作り出していることがわかるでしょう?」

そして生徒さんも「私もやりたい、ワクワクしてきた!いや!?私もできそうだ!」って感じてもらえないと意味がないでしょう…?

本当に好き勝手書いてますね。今日はゆるされて…

さて、このワクワクを伝え、生徒さんもやりたいと思ってもらうためには、例えばひとが心の底から感動した時どんな呼吸をするのか、その感動の種類や対象や大きさによって、性格によってどんな反応をするのか、常に周りの人を観察し、その中でも自然で豊かで周りに伝わるような反応と、そうではない反応(上手く反応できないとか、誤解を受ける反応など)を次々に自分の中に落とし込み、その時体の中で何が起こるのかを検証する必要があった。

ダメな反応を自分に落とし込むのは簡単。しかし周りの人をも巻き込み感動させるような反応を研究して自分で再現するのは、当然だが並大抵ではない

しかしそれをクリアすることで初めて人間はこんな風にできているから「だからこんなことができる」に進める。

そのこんなことができるを、よりわかりやすく証明し、伝える手段が声であり、歌であり、絵であり、書であり、武術であり、スポーツであるのだと思う。

個性とは人間を生かし切った先に滲み出る喜び

人間はこんな風にできている。それを最大限発揮した時、皆が同じ結果になるかと言えばそうではない。その人の体格や性格といったものから結果は変わる。それが個性であり、だからこそ個性には意味がある。個性は出そうとしても出てこない。個性は自分を生かし切った時に勝手に表面に浮かび出てくるものなのだ。

ただ変わった服装や化粧をしてもそれで個性とは言えないだろう。人間とは何かを自分の体で証明した時、全ての行動は輝き、その時の感性で選んだ服や化粧も、美しく輝くのだろう。そしてそれは人間にとって本当の喜びなのだと思う。

その喜びを歌にして(悲しい歌かどうかは関係ない)絵にして世の中にだせば、それはきっと伝わる。その世の中はきっと豊かだ。

しかし日本人は個性を出すことを出る杭と捉えがちで、自らその個性を封じ込めてしまう。誰にでもあるはずの個性を封じ込めたまま、自分に個性がないと嘆き、無理やり個性的な格好をしようとしてもそれは空虚だ。

もちろん皆が人間を生かし切った時、出る結果は違う。当然その中でも序列は生まれるかも知れない。しかしそれは大きなことではないのだ。なぜなら、他人と比べた時わかりやすい意味での序列ができるかも知れないが、バランスの取れた、自分のパフォーマンスを発揮できる人間である喜び、なにより伝わる喜びは誰にも負けないからだ。

人間は気の持ちようだという。その通りだと思う。お金があろうがなかろうが(あったほうがいいけど)気の持ちようでどうにでもなる。それは誰でも理解できる。しかし気の持ちようほど難しいものはない。だからそれを実現する方法を研究して自分を実験台に検証し続けているんです、私。。。へんでしょ?でも会った人はわかると思いますが、カタブツではなく、相当ひょうきんですよ♪

レッスンで緊張したら「後で損した」って思えるような楽しいレッスンですから。

苦しむのは私だけでいい、だからお金を頂く価値がある(と思う)

しかし日々こんなことを考えて、まだ誰も言語化したことのないことを言語化し身振り手振りでわかりやすく伝える方法を研究し、実践している(=自分を追い詰めている)ボイストレーナーなんて日本では私くらいだろう。大した物好きだと思う。でもその先に本当の人間としての喜びを垣間見た時、やはりやっていて良かったと思う。

ただ、どんなに人間として本当に自然で、人間を生かし切って生きるということを追い求めて生きることがどんなに素晴らしかろうと、こんな大してお金にもならない、とてつもなくしんどいことを研究してその実験台となるのは私だけで十分。

だから私は、日本でここにしかないもの私にしか伝えられないものを惜しみなくわかりやすく、皆さんにはできるだけ最短ルートでそこへ辿り着けるようにレッスンをしていこうと思う。

ちゃんと伝えられる術をもち、実践できる人が前にいることが何よりわかりやすいことを知っているから。

生徒さんに伝え、生徒さんの表現が伝わる大きな表現になり、そのことを生徒さんが実感して汗をかきつつ喜んでいるのを見ると、本当に報われる。

だからこそお金をもらう価値があると思うのだ。

さて、僕のレッスン代が高いか安いか?

お金は大切だ。生活が苦しい時、たとえ100円だって高いだろう。そういうことを抜きにすると、私は(自画自賛で大変申し訳ないが)こんなまだ誰も言語化したことのない、これまで伝える術のなかった、技術や発声や共鳴や歌唱テクニック以前の、もっともっと大切な、それがないと技術や発声法なんて「なんちゃって」にしかならないという、本当の根源的な表現の基礎を伝えている私のレッスン料金はバーゲンプライスだと思っている。

私が伝えているものは東京芸大の1年生にまず伝えたいことでもある。まだ知らないプロにも声楽家にも伝えて行っているものある。同じことを本当のアマチュア、声を出すのが苦手な人、声を出すのが怖くなってしまった人にも伝えている。そうすることでなぜ怖くなったのか、どうすれば克服するのかまで見えるから。

でもこんなしんどいことやってるから、時に挫けてロクでもないレッスンをするかも知れないし、多くの人に受けられる料金にしたい。そんなこんなでこんなレッスン料金です。結構適正かなと・・・。

「そういう人間」を増やして世の中を豊かにしたい

そして人間というものを知り、だからこんなことができる…そういうまっとうな人がこの世に増えれば、この世の中は絶対楽しくなる…と思いませんか♪

まっとう、って言たって、浜渦弘志がそう思ってるだけどね。

そういう豊かな人間はぶつかり合っても、その先に本当の調和があるでしょう。醒めたり、避けたり、遠くから違うセクションの人間を大勢で匿名で一方的に非難することはしないでしょう。

そしてそんな豊かな人間が歌う歌がまずいわけがないことを僕はしっているから。そしてそういう歌を歌い、セリフを読み、話す人が本当に素晴らしい表現者になることを知っているから。生徒さんがそういう表現にたどりついた時、私もう嬉しくて泣きそうになるんです。

だって顔つきからもうあからさまにかわるんですから。

…こんなこと書くと胡散臭いでしょ?それはこういうことを利用してモノを売ったり、何か怪しげなもの勧誘したり、何かを搾取してきた連中が後を立たないからですよ。こまったもんです!

…といっても昔はいかにもそれっぽいお腹押さえてにっこりして、やたら腹式呼吸!とかそんなもの人間が何かを知れば自動的にできるものをなんとなく教えていたこともあるんだけどね。

というわけで、もう話し口調で好き勝手書いたよ。

また今度は真面目に書きますね。いや、今回も大真面目に書いたんだけどね😄

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